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第8話 料理人たち――ラショナ(rationer)

 宇宙生物学は、地球外の生物を研究しているにも関わらず、地球の生物に対して新たな知見をもたらすことがあります。


 リジアム系第4惑星ゾディに生息するラショナは、地球の生物どころか、私達人間に対して、新たな知見をもたらすかもしれません。


 ゾディは、メタンのガスに覆われた惑星です。表面の9割以上がメタンの海で、そこから常にメタンの蒸気が発生しています。大地にも何本も川が走り、広大な湖がそこかしこにあります。


 ラショナは、湖の近くに50~60匹の群れを作って生活しています。多くの場合、1つの湖の周りに、3つか4つの群れがあります。


 ラショナの細長い体は、頭の先から尻尾の先までが40~50cm程度。太くがっしりとした4本の足で立ち、10cmほどの首をもたげています。


 首の後ろには、L字型の管状の器官がついています。管の先端には、複眼があります。複眼とは、小さな目が無数に集まったものです。肉食動物のラショナは、獲物を襲うとき、頭を辺りの草よりも低くし、この複眼だけを草の上に出します。こうすることで、獲物から自分の姿を発見しづらくするのです。


 この管(眼管(がんかん)と言います)は、ラショナ特有のものではなく、惑星ゾディの水棲類に見られる特徴です。「水棲類」とは、「惑星ゾディの水中や水辺に生息する、6本の足と、眼管を持つ生物」の総称です。


 水棲類は普通、足が6本ありますが、ラショナは4本しかありません。残りの2本は、ラショナの最も特徴的な器官である、2本の細い腕に変化しました。


 腕の長さは10~15cmほど。2つの関節があり、先端にはナイフのような爪を生やした3本の短い指があります。この爪は実際にナイフとして機能し、捕らえた獲物を切り刻むことが出来ます。


 そしてラショナは、驚くべきことに、この指と爪を使って料理を作ります。


 ですが、ラショナ風料理を紹介する前に、ラショナの生活を紹介しましょう。


 冒頭に書いたとおり、ラショナは湖の近辺で50~60匹の群れを作って生活しています。群れはいくつもの家族の集まりで、群れの中では血縁に関係なく、大人が子どもの世話をします。


 狩りは、群れのメンバーが交代で行います。普通、4匹1グループで5グループ程度が、一度に狩りに出かけます。このグループは、オスメス混合チームです。各グループが違う方角に獲物を探しに行き、私達の時計で数時間後には、帰ってきます。


 私達は、グループの1つを追いかけました。ラショナたちは首をもたげ、首の後ろの眼管を、360度回します。早速、森の中に獲物を発見したようです。


 狙いはアームリザードでした。アームリザードは、大蛇のような巨大な草食動物です。全長は、大きなものでは2メートルほど。体の中央に2本の太い足があり、体全体に短い毛が生えています(詳しくは、第4話参照)。


 体をU字型に曲げ、アームリザードはゆったりと大地を歩いています。ラショナはすぐに、頭を周囲の草よりも低い位置まで下げました。ゾディの植物はどれも錆びた鉄のような赤い色をしていて、ラショナの茶色い体は、その背景色に溶け込んでしまいます。


 複眼を草の上に出したまま、ラショナ達はアームリザードを囲うように散らばりました。アームリザードは、樹上の草を食べるのに夢中で、まだそれに気付いていません。


 そのとき、アームリザードの前方に隠れていた2匹が、突然頭を上げ、「クー!」と甲高い声で鳴き、襲い掛かりました。驚いたアームリザードは、慌てて逃げ出します。しかし、それは罠でした。声を上げた2匹は、残りの2匹が隠れている茂みに、アームリザードを追い込みます。


 アームリザードを待ち受けていた2匹が、アームリザードに飛びつきます。2本の腕でしがみつき、首をよじ登りました。そして、その首筋に彼らのナイフのような爪を突きたて、あっという間にアームリザードを事切れさせました。


 捕らえた獲物は、4匹で担いだり、引きずったりして、群れへ持ち帰ります。アームリザードは、自分達の4倍近い大きさがあるためでしょう、彼らは引きずって群れへ持ち帰りました。


 さて、群れからは5つのグループが、狩りに出かけました。狩りに成功したグループもいれば、失敗したグループもいます。私達の観察では、平均1、2グループが成功して帰ってきました。もちろん、全グループが失敗することもあれば、全グループが成功することもあります。


 捕らえた獲物は、群れで待っていた大人のラショナ達に渡されます。そして、そこで調理が始まります。


 調理と言っても、火は使えません。惑星ゾディの大気はメタンだらけで、酸素がほとんどないためです。ラショナが行う調理は、「切る」だけです。


 まずは、捕らえた獲物を捌きます。3本の指は、あまり器用に動かないため、どこかぎこちない手つきです。彼らは皮を剥いでお腹を開き、肉と内臓、骨を分離します。


 ラショナは骨を食べません。骨はすぐに森の中に廃棄されます。一方、肉と内臓は、綺麗に細かく切り刻まれていきます。ラショナの口は、頭の大きさに比べてかなり小さく、それにあわせたサイズに切られるのです。


 調理は、狩りに出かけなかった20匹ほどの大人のラショナが、協力して行います。獲物の数が多ければ多いほど、獲物が大きければ大きいほど、協力は重要になります。アームリザードの調理では、お腹を開くだけでも3匹がかりでした。


 出来上がった“料理”は、日本料理の刺し身に似ています。刺し身ほど芸術的ではありませんが、一口サイズに切られた肉が、剥ぎ取った獲物の皮の上に、ずらりと並ぶのです(訳注:おそらく著者は、刺し身と生け作りを混同している)。


 群れのラショナ達は、ここでようやく、食事を始めます。彼らはまるで人間のように、調理されたものを食べるのです。もし彼らがナイフとフォークを使ったら、私達はラショナ達を人間と認めたかも知れません――しかし実際には、彼らは頭を下げ、口を直接付けて食べます。


 彼らの食事には、あるルールが存在します。それは、内臓、特に消化器官の多くを、子どもに配膳することです。消化器官には、消化途中の動植物が詰まっています。消化器官が未発達の子ども達は、それを食べることで、消化の負担を減らすのだと考えられています。


 さらにラショナは、驚くべき行動を取ります。捕らえた獲物がとても多く、自分達で食べきれないときは(全グループが獲物を捕ってくると、しばしばそうなります)、余りをよその群れに分けに行くのです。


 何故、こんなことをするのでしょうか。私達は、「貸し作り」のためだと考えています。余った獲物を分けておけば、あとで自分達が狩りに失敗したときに分けてもらえると踏んでいるようなのです。実際、私達の研究でも、数日間狩りを失敗し続けた群れが、隣の群れに獲物を分けてもらいに行く様子が観察されました。


 この行動は、私達宇宙生物学者だけでなく、人類学者や社会学者の興味もそそりました。言うまでもなく、これがまるで人間の社会のようだからです。


 彼らの中には、ラショナの獲物を分け与える行動は、単なる貸し作りではないと主張する人もいます。キリスト教の感謝祭のように、豊作を祝い、神に感謝しているのだと言うのです。実際のところどうなのかは、ラショナに尋ねてみなければわからないでしょう。


 私達宇宙生物学者にとって、ラショナに信仰心があるかどうかは、興味の対象ではありません。私達が興味を抱くのは、次の2つです。すなわち、ラショナは何故、調理するようになったのか。そして何故、2本の腕を持つに至ったのか。


 この疑問を考えるうちに、私達はあることに気がつきました。調理をする生物は、人間とラショナだけではありません。例えばスズメバチは、捕らえた獲物を肉団子にします。これは、「切る」「こねる」などを使った立派な調理です。またモズは、捕らえたミツバチの毒針を抜き取ります。これも調理の一種でしょう。


 スズメバチが肉団子を作る理由は、幼虫の餌にするためです。モズがミツバチの毒針を取る理由は、もちろん毒を避けるためです。


 ラショナが調理するようになった理由も、似たようなものに違いないと、私達は考えました。実際、獲物の消化器官を子どもに与える様子が、既に観察されていました。また、一口サイズに切ることで、食べやすくする効果も望めます。


 では何故ラショナは、ナイフのような爪を生やした2本の腕を持つに至ったのでしょうか。スズメバチやモズの例からわかるように、調理をするために腕は必要不可欠ではありません。


 実はこの謎は、まだ全く解けていません。もしこの謎が解けたなら、私達にとって最も身近な生物の謎も、解けることでしょう。そう、何故人間は、器用に動く10本の指を手に入れたのか、という謎です。


 多くの水棲類は、6本足で歩きます。ところがラショナは、4本足で歩き、2本の腕を持ちます。これは、本来4本足で歩く哺乳類が、2本足で歩き、2本の腕を手に入れたのと、同じ進化だと考えられます。


 地球上でも、6本足のうち、前の2本を腕に変化させた生物がいます。カマキリです。しかしカマキリの腕には、指がありません。昆虫の足に、指がないためでしょう。


 哺乳類の足には、偶然にも5本の指がありました。私達の祖先は、2本の足で立ち上がることで、その指を発達させることに成功しました。しかし、何故成功したのでしょう。そもそもどうして、2本の足で立ち上がることにしたのでしょう。


 私達は、そのヒントがラショナにあるのではないか、と考えています。残念なことに、私達が惑星ゾディに辿り着くのが一歩遅かったため、ラショナが2本の腕を手に入れる決定的瞬間には、立ち会えませんでした。


 ですが、ラショナの指は、まだあまり器用には動きません。せいぜい、じゃんけんのグーとパーを作れる程度です。ならば私達は、ラショナの指が器用に動くようになる瞬間に、立ち会えるかもしれません。


 ラショナの指は今後、発達するのでしょうか。私達は、すると考えています。何故なら、彼らは調理をするからです。指先を多用するこの行為は、きっと彼らの指を発達させることでしょう。


 さらに数千年、数万年の後には、ラショナが文明を築く瞬間に立ち会えるかもしれません。もしそうなったならば、私達は、何故人間が文明を築けたのか、その答えを得ることが出来るでしょう。

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