第40話 運命を越えた約束
互いの想いをしかと確かめ合ったヴィオレットとレオンは、家族の待つ応接室へと向かった。扉を開け、足を踏み入れた二人を、慈愛に満ちた眼差しを向けた両親と兄が迎えた。
「侯爵様、奥様、マクシム様。本日は、ヴィオレット様との婚約のお許しをいただきたく、参上いたしました」
レオンの真摯な言葉に、アルマン侯爵の厳格な表情がわずかに和らいでいく。
「……ドヴェルノン公爵。君がヴィオレットをどれほど大切に想い、支えてくれたか、重々承知している。娘の伴侶として、君以上に相応しい者はおるまい。頼んだぞ」
セレスティーヌ侯爵夫人は目元をハンカチでそっと押さえ、喜びを滲ませ声を震わせた。
「まあ、レオン……! 本当に、嬉しいですわ。ヴィオレット、良かったわね……。あなたの幸せを誰よりも願っておりましたのよ」
兄マクシムは喜びつつも、複雑な表情で力強く言った。
「レオン、公爵になったと聞いた時は驚いたが、ヴィオレットの隣に立つのがそなたなら文句はない。だがな、妹を泣かせたら容赦せんぞ!」
レオンは苦笑しつつも、兄の言葉に含まれた愛情を受け止めるように、深く頷いた。
「お約束いたします。生涯をかけて、ヴィオレット様を幸せにいたします」
家族からの心からの祝福を受け婚約を認められ、ヴィオレットの胸はじんわりと幸福感で満たされていった。
婚約式に向けて、二人は着々と準備を進めていく。日取り、庭園の装飾、招待客、婚約指輪とドレスのデザインを決める。
多忙な公務の合間を縫って、レオンは必ずヴィオレットの元を訪れ、二人で過ごす時間をなによりも慈しんでくれた。休憩には彼が手ずからお茶を準備する。それは、公爵となっても変わらない、彼だけの特別な行為だった。
ドレスのデザイン画を前に、レオンが柔らかな眼差しで囁く。
「このリュミエールの刺繍は、ヴィオレット様……ヴィオレットの清らかさによくお似合いです。ドレスを身に纏ったヴィオレットは、さながら幻想的な一輪の菫。さぞ美しいことでしょう」
ヴィオレットの名を呼び直すレオンの姿が面映ゆく、二人の未来を語る彼の穏やかな表情に、ヴィオレットの心はまた一つ、温かな灯りがともるのを感じた。
ボーフォール侯爵邸は婚約式を控え、華やぎを増していく。庭園には花が咲き誇り、祝福の調べが聞こえてくるようだ。二人は、その日を確かな喜びと共に待ち望んでいた。
そして、輝かしい婚約式当日。空は雲一つなく晴れ渡り、柔らかな陽光が庭園を祝福するかのように照らしていた。庭園の一角、白亜のガゼボがリュミエールの花々に彩られ、清らかに輝いている。
親しい人々が集い、穏やかな空気が漂う中、誰もが主役である二人の登場を心待ちにしていた。
厳かな儀式が始まる直前、ヴィオレットは控え室でレオンと二人きりになった。高鳴る胸を押さえ、レオンの前に立つ。正装姿の彼は普段以上に凛々しく、公爵としての威厳を纏うが、瞳はいつものレオンだった。
「レオン……」
ヴィオレットは手にしていた小さな品をそっと差し出した。
それは、ヴィオレット自身が銀糸で刺繍を施した、掌ほどの小さな布袋。リュミエールの花と二人のイニシャルが、寄り添うように縫い取られていた。
「これは……?」
レオンが尋ねると、ヴィオレットは頬を染めて説明した。
「あの……これは、わたくしから、レオンに……お守りです」
レオンが中身を取り出すと、布袋の中には銀のメダリオンが入っていた。
「レオンの瞳の色と、わたくしの瞳の色……どちらも、レオンの故郷の山から取り寄せたものなのです。裏には守りの魔方陣が刻んであります。……少しでも、レオンの力になれればと思って……」
メダリオンの表には、瑠璃とアメジストの、研磨される前の小粒の原石が嵌め込まれている。彼の故郷の土が育んだ石にも、ヴィオレットが心を込めて、精神の安定を強める魔法文字が刻んである。
「わたくしがいただいた物と、お揃いなのですよ」
ヴィオレットがはにかみながら、かつてレオンにもらった繊細なリュミエールの意匠が施されたメダリオンを取り出して、二つ並べた。
レオンは布袋を握りしめ、微かに息を呑んだ。
「ヴィオレット……ありがとうございます。これは、私にとって何よりも心強い、最高のお守りです。生涯、肌身離さず大切にいたします」
レオンは布袋を礼服の内ポケットに丁寧にしまいこみ、改めてヴィオレットに向き直ると、その菫色の瞳を真摯に見つめた。
「さあ、参りましょう。私たちの、祝福の場所へ」
レオンに導かれるままその手を取った時、ヴィオレットは、お守りに込めた想いが確かに彼に届いたことを感じ、ふわりとした至福の感覚に満たされた。
開式の時刻となり、庭園の奥から、心地よい音楽と共にヴィオレットが姿を現した。父であるアルマン侯爵にエスコートされ、ガゼボへと歩みを進める。
身に纏うは、瑞々しい若葉色のジェイドグリーンのシルクドレス。薄くしなやかなシルクジョーゼットの生地は、軽やかなエンパイアラインを描き、陽光を受けて柔らかな光沢を放っている。
ドレープが優雅に揺れ、胸下で絞られたシルエットが立ち姿を際立たせていた。スクエアネックのデコルテや裾のリュミエール刺繍が光の粒のように瞬く。
深紫色の髪は、後頭部の低い位置で、サイドをゆるやかに編み込みつつ、柔らかなシニヨンにまとめられている。
顔周りの毛束が優雅に風になびき、髪飾りには、リュミエールの花の蕾や、聖なる光の雫を模したプラチナコームに、アメジストとパール、ダイヤモンドが立体的にきらめいている。
耳元には対になるアメジストとパールのイヤリングが揺れる。そこには小さなサファイアが密かに輝く。
ヴェールはドレスに合わせたシンプルなロングで、裾の刺繍が美しく光に反射している。純白のリュミエールで束ねられたブーケには、瑠璃色のリボンが結ばれていた。
ヴェール越しに覗くヴィオレットの横顔は、緊張と喜びにほんのり上気し、紫水晶のごとく輝く菫色の瞳は揺るぎない愛と未来への希望に満ちていた。その凛とした立ち姿には、これまでの苦難を乗り越えた者だけが持つ、内なる輝きが確かに滲み出ている。
ガゼボの前では、レオンが彼女を待っていた。
夜の海を思わせる深い瑠璃色のベルベットで仕立てられた、昼の最上級礼装。上着の前裾は大きく斜めにカットされ、すらりとしたシルエットを描いている。その奥ゆかしい深みのある色合いが、彼の美しい白銀の髪と瑠璃色の瞳を一層引き立てる。
完璧に仕立てられた礼服は彼の体に沿い、新たなドヴェルノン公爵としての威容と洗練されたシルエットを際立たせていた。
袖口には、ヴィオレットの瞳の色を写し取ったようなアメジストを嵌め込んだ特別なカフスボタンが輝く。胸には公爵紋章と共に、ブートニアの一輪の菫。
彼の白銀の髪がそよ風に柔らかになびく。端正な顔立ちには、揺るぎない風格が漂っていた。だが、ガゼボへと進み出るヴィオレットに向ける瑠璃色の瞳には、ただひたすらに深い愛情が宿り、静かな熱を湛えていた。
アルマン侯爵の手から、レオンへとヴィオレットの手が渡される。触れ合った指先から伝わる確かな温もりに胸が高鳴った。
厳かな雰囲気の中、ガゼボに立つソール教の老神官が祝福の言葉を紡ぎ始めた。
「――太陽神ソレイユの御名において、ここに集いし全ての者たちよ。今、レオン・ドヴェルノンとヴィオレット・ボーフォール、二つの魂が、聖なるリュミエールの光の下、将来への約束を交わさんとしております……」
神官が、二人の将来の誓いを問う。レオンはヴィオレットの瞳を見つめ、変わらぬ愛情と、これからを共に歩むことを誓う。続いてヴィオレットも、澄んだ声で、レオンと共に、未来を切り拓く決意を誓った。
そして、婚約の証である指輪の交換。
レオンからヴィオレットへ、プラチナの台座にサファイアが輝く指輪が贈られる。それは、これから共に歩む未来への約束。
ヴィオレットからレオンへは、落ち着いた輝きの金にアメジストが宿る指輪が贈られた。それは二つの魂がいずれ一つになる証。互いの左手薬指にそれぞれの指輪が嵌められた。
神官が、重ねられた二人の手に、聖なるリュミエールの葉から滴る聖水を振りかける。
「聖なるリュミエールの光の下、太陽神ソレイユの御名において、レオン・ドヴェルノンとヴィオレット・ボーフォールは、ここに正式に婚約者となりました」
神官が高らかに宣言した、その瞬間。
庭園に咲き誇るリュミエールたちが微かな光を放ち始めた。光は次第に強まり、色とりどりの粒子となって祝福の光のシャワーのように降り注ぐ。甘く芳しい香りが漂い、葉ずれの音が美しい音色となって聞こえてくる。
参列者たちは息を呑み、その神秘的な美しさに言葉を失った。ただ、その場にいた誰もが、この光が特別な意味を持つことを肌で感じ取っていた。
友人席にいたクラリスは、リュミエールたちを見て、小さく息を呑んだ。口元が言葉を交わすかのように微かに動き、驚きと喜びを見せる。
ヴィオレットは、足元や周囲のリュミエールから温かい光と心地よい波動を感じていた。
(ああ……リュミエールたちが、私たちを祝福してくれている……!)
リュミエールたちの純粋な愛情に気づき、ヴィオレットは驚きと深い感動に目を見開く。彼女の感謝の気持ちに呼応し、リュミエールの光は一層輝きを増した。
万雷の拍手が、庭園に鳴り響く。
レオンは光の中でひときわ麗しく輝くヴィオレットを愛おしそうに見つめ、その手を固く握った。ヴィオレットも幸せそうな笑顔で彼を見つめ返し、その胸に顔をうずめた。
婚約式が無事に終わり、茜色の夕陽が群青色の宵闇へと移り変わる頃。レオンとヴィオレットは二人きりで月明かりが差し込み始めた静かな庭園を散策し、四阿で佇んでいた。
「レオン……本当に夢のようですわ。わたくしが、こうしてあなたと……」
「夢ではありません、ヴィオレット。これは、私たちが自らの手で掴み取った、現実の未来です」
レオンはヴィオレットの手をそっと握った。指に嵌められた指輪が月光に照らされ静かに輝く。ヴィオレットも優しく握り返し、これから共に紡いでいく、穏やかな日々を想う。
手を取り合い、二人は再び庭園をゆっくりと歩み出した。
―― 了 ――
無事に完結いたしました♪
完結までお付き合い頂き、本当にありがとうございます!
ヴィオレットとレオンの物語はいかがでしたか?
より多くの読者様に、楽しんでいただけましたら作者として幸いです。
次回作への糧になります! どうか最後に感想やブックマーク、評価の星マーク(⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️)等を頂けると非常に嬉しいです。どうぞよろしくお願いいたします。
最後まで応援していただき、誠にありがとうございました
m(_ _)m




