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【連載版】侯爵令嬢はバカ王子にさっさと婚約破棄されて、有能執事と結婚します〜「お嬢様、お任せください。そのような未来は私が断じて来させません」  作者: 源あおい
第一幕 悪夢からの目覚め

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第4話 予知された悪夢

 ♢♢♢


(レオン視点)



 ヴィオレットの告白を聞き終えたレオンの心の奥底に、痛みが一瞬走った。だが、それはすぐに鉄壁の理性によって押し留められ、代わりに研ぎ澄まされた冷徹な光が宿る。


 感情に浸る暇はない。幼い主の言葉を一語一句分析し、悪夢の未来を覆す戦略を静かに組み立て始めた。

 

 やがて、彼は静かに口を開いた。


「お嬢様、私は、お嬢様の見た未来を変えることを誓います。どのような困難が待ち受けていようとも、必ずや……」


 その声には、揺るぎない決意が込められていた。


「でも……どうすれば?  あの夢が頭から離れないのです……本当に、あんな恐ろしいことが……」


 ヴィオレットは、レオンの言葉を聞いても、まだ不安の色を残していた。華やかな舞踏会の光、冷酷な王子の言葉、そして何よりも、冷たい神殿で味わった絶望的な感覚――悪夢が、繰り返し蘇っていたのだ。無理はない。

 

 レオンは、ヴィオレットの小さな手を優しく握りしめた。


「お嬢様、未来は変えられます。私たちの行動一つ一つが、未来を織り上げていくのです。どうか、希望を失わないでください」

 

 レオンの言葉は、冷静な響きの中に温かさが溶け込んでいた。幼いヴィオレットは、その響きに、不安の色を和らげるかのように微かに表情を緩めた。


 レオンは悪夢の詳細を冷徹に分析した。婚約破棄、嘲笑と憐憫、極刑宣告。特に「毒」という言葉が彼の胸に重く沈み、奥底に眠る忌まわしい過去の記憶を呼び覚ます。喉の奥が焼け付くように乾き、幼い日の苦い記憶が蘇る。


(お嬢様には、あんな思いはさせない。)

 

「お嬢様、神前裁判で毒を飲まされるという悪夢は、決して見過ごせません。その夢の光景は重要なヒントとなります」


 そう言いながら、レオンは庭園の隅で陽光を受け黒く輝く月響草に視線をやった。月の満ち欠けに合わせて青の色合いが濃くなる、特別な草だ。

 

 微かな指先の震えを制して、彼は真剣な表情で続けて言った。


「もし、その未来が現実になる可能性があるのならば、今すぐ毒に対抗するための準備を始める必要があります」

 

 ヴィオレットは、その菫色の瞳を丸くして、彼を見つめた。


「準備……ですか?」

 

 レオンは、極刑を回避するための大胆な方策を提案する。


「お嬢様、もし未来で毒を飲むことになるのであれば、今からお嬢様の身体が、いかなる毒にも決して屈しない強靭さを手に入れれば良いのではないでしょうか」




 ♢♢♢


 (ヴィオレット視点)



 レオンの涼やかな瑠璃色の瞳には、冷静さの中に敵を打ち砕く獰猛な光が宿るようだった。

 

 彼の提案は突飛で、彼女は戸惑った表情でレオンを見つめ返した。毒が全く効かない身体になるなど、常識的に考えて本当に可能なのだろうか。


「毒ですよ!?  だって、みんな死んでしまうから毒って言うのですよね!?」


 まだ十歳のヴィオレットには、非現実的な発想だった。

 

「お嬢様、私には大胆な考えがございます。それは、お嬢様の身体を、ほんの少しずつ、しかし着実に毒に強くしていくという方法です」


 ヴィオレットは、予想もしなかった彼の提案に目を丸くする。


「毒に……強くする、のですか?」


 彼女の声には、強い驚きと、かすかな希望が混じっていた。


「そんなこと、本当にできるんですか? まるで、悪夢を別の悪夢で打ち消すみたいで……」

 

「はい、お嬢様。極めて微量の毒を段階的に摂取することで、身体はその毒に対する耐性を獲得できます。決して安全とは言えない方法ですが、もしお嬢様があの絶望的な未来を心から回避したいと強く願われるのであれば、試してみる価値は十分にあります」


 彼の言葉は確信を持った強いものだった。

 

 ヴィオレットは、レオンの提案に最初は抵抗を感じた。毒という恐ろしいものを自ら進んで飲むなど、考えたこともなかったからだ。


 しかし、彼の真剣な眼差しに心を奪われながらも、未来を変えられるなら試したいと強く思った。

 

 そう言えば、とヴィオレットは思い出す。


 幼い頃、ヴィオレットが食事よりもお菓子をもっと食べたいと駄々をこねていた時に、レオンが「お菓子を食べたかったらご自分で作れば良いじゃないですか」と、茶目っ気たっぷりにウインクしながら言ったのだ。


 そのおかげで、彼女は『味見』という大義名分を手に入れて、夢中になってお菓子を作っては食べた。


 そしていつの間にか、ヴィオレットは古い家柄の貴族家では淑女の嗜みとされている、リュミエールを用いたお菓子作りで目覚ましい腕前になったのだ。心が満たされたら、不思議とご飯もきちんと食べるようになっていた。


(あの時も突飛に感じたけれど、結果は良かったわ。レオンを……信じてみよう。)


 彼の言葉には、人を惹きつける力がある。彼はその時にリュミエールについても色々と教えてくれたし、そのリュミエールのお菓子は、少し口にしただけでも心が安らいだ。彼の瞳を見ていると、勇気が湧いてくる気がした。

 

「でも……本当にそんなことができるのですか? きっと、とても苦しいですよね……?」


 ヴィオレットの声には、不安が滲んでいた。


「ご心配には及びません、お嬢様。最初はごく微量から始めます。安全には最大限配慮してすすめてまいります。私が必ずおそばにて無事にやり遂げられるよう尽力いたしますので、ご安心ください。このレオンが、命に懸けて、必ずお嬢様をお守りいたします」

 

 レオンは、優しい微笑みを浮かべながら、ヴィオレットの小さな手をそっと握りしめた。その力強い言葉と手の温もりに、彼女の心に再び希望が灯った。彼の透明な瑠璃色の瞳は、強い光を宿して輝いていた。

 

「分かりました、レオン。私……やってみます。あんな恐ろしい未来は絶対に嫌です! 自分の未来は、自分で決めてみせます!」


 小さな体ながらも、ヴィオレットの菫色の瞳には、未来を変えようとする強い意志が宿っていた。

 

 彼は、その力強い眼差しに応えるように、深く頷いた。


「ありがとうございます、お嬢様。私を信じてくださるお気持ち、心より感謝申し上げます。それでは、早速その準備に取り掛かりましょう。まずは、侯爵様にご相談し、許可をいただく必要があります」


 侯爵に許可をとる、という一言に一瞬怯えを見せたヴィオレットに、レオンは穏やかな微笑みを向けた。


「ご心配には及びません。私が、必ず侯爵様にご理解いただけるよう説明いたします」

 

 その表情には、既に綿密な計画を元に、必ず侯爵を説得してみせるという自信が満ち溢れていた。


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