第38話 新公爵誕生
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(レオン視点)
八日間の騎行を経て、レオンは朝靄が立ち込める王都にたどり着いた。ドヴェルノン公爵領で手にした決定的な証拠と、捕縛したラウル公爵を従え、王宮へと向かった。
王宮で落ち合った侯爵アルマンは、彼の無事な帰還と、予想以上の成果に感嘆の声を上げた。証拠品の確認をした後、休む間もなく、国王陛下への緊急謁見が手配された。
玉座の間には、張り詰めた、しかし期待に満ちた空気が漂っていた。国王フィリップが待つ中、レオンは兵士に囲まれたラウル・ドヴェルノン公爵を伴い、ボーフォール侯爵と共に玉座の間に進み出た。
ラウル公爵は、囚われの身となってもなお、歪んだプライドと屈辱に顔を歪ませていた。
レオンは国王陛下の御前に跪き、ドヴェルノン公爵領で入手した証拠品を提示した。
不正を示す指示書、フォルテール王国との内通を証明する密約文書、ソール教の権威悪用を示す資料。そして、禁忌の魔導具たる闇リュミエール魔法ランプも携えていた。
「陛下。これらが、ラウル・ドヴェルノン公爵が企てた陰謀の決定的な証拠にございます」
レオンの声は冷静だったが、その奥には深い怒りが宿っていた。彼は陰謀の概要、ビューコン村の件、そしてドヴェルノン家の禁忌について簡潔に報告した。
国王陛下は提示された証拠に目を通すにつれて、その顔色を失い、玉座を掴む手に力がこもった。
その怒りは、ドヴェルノン公爵家という国家の要が、ここまで深く裏切り、自らの野望のために禁忌に手染めていたという事実に向けられていた。
「ラウル公爵。これらの証拠について、何か申し開きはあるか?」
国王の、場を凍らせるような怒りを含んだ声が、玉座の間に響き渡る。
ラウル公爵は、提示された証拠を前にしても、なお強気な態度で抵抗しようとした。
「陛下、全てはボーフォール侯爵家が、政敵である私を追い落とすための捏造です」
レオンは冷静に、ラウル公爵の言葉を否定した。
「陛下、証拠は全てドヴェルノン公爵家に直接乗り込んで入手した本物です。ラウル公爵が、それでも認めないと言うのならば、ラウル公爵自身の記憶を確かめてみれば良いでしょう」
「なに!?」
「ラウル・ドヴェルノン公爵。あなたはすでに、ここへは犯罪者として連行されています。自白を引き出すまでもなく、王国の法律に則って記憶の精査をされる立場なのですよ」
ラウル公爵の顔に、明確な焦りの色が浮かぶ。
犯罪捜査用の記憶を映し出す魔道具がラウルの額に装着され、連動する水晶玉に映し出された。レオンの問いかけにしたがって記録されていくそれは、ラウルの記憶として、最有力の証拠となる。
「誰にも見られることのないはずだった真実を、白日の下に晒す」
映し出されたのは、おぞましい真実の光景だった。
祖父母、父、母の毒殺指示。幼いレオンへの虐待。一時は駒として利用したが、後々邪魔になるとして、レオンにも毒を盛った。苦しみ痙攣するレオンの姿。
洗脳した巫女の擁立。巫女を足がかりにソール神殿を掌握していく様子。ヴィオレット様が悪夢で苦しむように、王都のソール神殿で巫女が秘術を用い、それを歪んだ笑みで眺めるラウル。
フォルテール王国との密約により、軍事的、政治的にロワナール王国を揺さぶり、自らの影響力を拡大。
愚かな第一王子が自滅するのを、取り巻きを使いそれとなく後押しする計画。その後、王太子となった第二王子リシャールを傀儡とする。
――リシャール新国王が信頼を失った頃に、リシャールを排斥し、いずれは自らが、ロワナール王国の玉座に座る――
確固たる野心を剥き出しに呟く姿。その悪辣さが改めて浮き彫りになった。
更に、先代当主ヴィクトル・ドヴェルノン公爵の遺言状。レオンの父エミールが次の当主と明確に記されたそれは、ラウルが秘密裏に処分していた。
父エミールは先代公爵の正妻の子であり、レオンは嫡流の子。ラウルは第二夫人の子であり、本来ならば家を継ぐ権利は、十歳離れた弟ではあるが、エミールにこそあった。
――だからこそ野心をむき出しにしたラウルにより、公爵家の嫡流は全員毒殺されたのだ――
ラウル公爵は、自身の記憶が晒され、完全に錯乱した。叫び、否定し、暴れるが、兵士たちに取り押さえられる。
「ぐっ……! ありえん……ありえんぞっ! 貴様ごとき駒風情に、この私が……! 私の全てが……こんな所で終わるものかぁ!」
ラウルの記憶と物証により、彼の罪は決定的に証明された。玉座の間に召集された人々は、ドヴェルノン公爵家の暗部と、ラウル公爵の野望の深さに戦慄した。
ラウルは直ちに裁かれ、有罪となる。フィリップ国王陛下は、怒りに震える声で最も重い刑を言い渡した。国家反逆罪。王室への反逆、禁忌の秘術の使用、ソール教への冒涜、殺人、殺人未遂。
ラウル公爵は公爵位を剥奪され、その名は歴史の汚点として刻まれる。ラウル公爵の妻子とその一派もまた、それぞれ記憶を精査され、厳しく裁かれることになる。
ロワナール王国の法律により、重罪を犯した魔力持ちは、死よりも辛い魔力の強制徴収の刑に処される。生きた魔力庫として、王国の資源として扱われるのだ。
本来であれば、ここまでの重罪を犯した貴族家は当然取り潰しである。しかし、ドヴェルノン公爵家は北方の要衝であり、神秘主義派閥の筆頭。今、家名を取り潰すことは王国にとって混乱を招く。
レオンという血族による内部告発、自浄作用が働いたことで情状酌量の余地が生まれ、家名の存続は決定された。
「レオン・ドヴェルノン。汝のドヴェルノン公爵位の継承を認める。以後は汚名を雪ぎ、家を立て直して王国に尽くせ」
国王陛下の言葉は重かった。それは、新たな、しかし想像を絶する重責を伴う任命だった。
「御意。陛下。このレオン、ドヴェルノン公爵家を清め、王国の盾となる存在となることを誓います」
レオンは深く一礼した。憎むべき家名を継ぐという選択。しかし、それは彼が自らの手で掴み取った、愛する者を護るための力だった。
レオンはボーフォール侯爵に目礼し、直ちに公爵家の掌握のため、王都ドヴェルノン公爵邸へ向かった。
慣れ親しんだ王都ボーフォール侯爵邸の方角を一度振り返り、後ろ髪を引かれる想いを鋼の意思で封じ込める。今はまだ……お嬢様にご迷惑をおかけするわけにはいかない。
協力してくれていた『土蜘蛛』の者たちは、今後もレオンの力強い支えとなるだろう。祖父の代の功臣たちを呼び戻し、ドヴェルノン家の再建を図っていく。
王都の公爵邸も、遠く離れた公爵本領も、ラウル一派の抵抗は激しく、その掌握は容易な道ではないだろう。
だがレオンは、ただ一つ、譲れない願いのために、この困難な道のりを一刻も早く切り拓くことを、心に深く誓った。




