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【連載版】侯爵令嬢はバカ王子にさっさと婚約破棄されて、有能執事と結婚します〜「お嬢様、お任せください。そのような未来は私が断じて来させません」  作者: 源あおい
第三幕 運命の転換

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第33話 吹き荒れる嵐

 ♢♢♢


(オーギュスタン視点)




 忌々しい舞踏会の夜から数日が過ぎても、オーギュスタンの胸には、焼けるような屈辱と、ヴィオレット・ボーフォールへの激しい怒りが、()(ただ)れて残っていた。王立学園の廊下で、向けられる視線一つ一つが(いと)わしい。好奇、侮蔑、憐憫――まるで存在しない者を見るような目つきだ。


(くそっ……! なぜ私が! この第一王子である私が! あんな女に晒し者にされねばならんのだ!


本来なら、私が婚約破棄を告げれば、あの女は絶望に震え、跪いて憐れみを乞うか、せめてヒステリックに泣き叫ぶべきだった。それが王太子の婚約者としての、あるべき姿だろう。だというのに、あの女は違った。)


(許せん……思い出すだけで(はらわた)が煮えくり返る! あの冷徹な態度と反論! あれはなんだ!?  私の事を愛してやまないから、プライドを抉られて、嫉妬に狂ってあのような行動にでたのか!? まるで私が悪者であるかのように振る舞いやがって! 


周囲の愚かな連中も、あの女の言葉に簡単に惑わされ、私の正しさを疑い始めた! 私から離れていく! 私が第一王子であることに変わりはないというのに! あやつら、私の価値を理解していない! ああ、きっとあの女が裏で何か吹き込みでもしたのだ!)


(ふん、所詮はその程度の使えない連中だったということだ。だが、許せないのはヴィオレットだ。あの女さえいなければ……!


王太子に意見するなど、侯爵令嬢の分際で出過ぎた真似だ。そもそも、あの地味で愛想のない女が、隣に立つこと自体が間違っている。)


(所詮、王妃の地位が欲しくて、私に媚びようとしていただけの女のくせに。私の隣には、もっと華やかで、いずれ王となる私を崇拝し、私の言うことに心地よく頷き、常に私の気分を良くしてくれる存在こそが相応しい。


……そう、ロザリーのような……。)


 オーギュスタンは、頭の中に、ロザリーの蜂蜜色の髪と愛らしい笑顔、滑らかな肢体を思い描いた。その温もり、触れた肌の記憶だけが、彼を満たす。


(……彼女だけは違う。ロザリーだけが、今も変わらずに私を受け入れてくれる。彼女だけが、私の偉大さを理解し、心からの愛情を捧げてくれる。私の傷ついた心を、優しく包んでくれる。


その存在こそが、私の価値を示す証左だ。彼女だけが、私が探し求めた『真実の愛』に相応しい。ヴィオレットのような、あの政治的な家柄[道具]でしか私に価値を見出そうとしなかった女とは違う。ロザリーは違う。)


(ロザリーの家柄は取るに足らん革新派の子爵家だ。ボーフォール侯爵家やグランブータン公爵家といった保守派閥の重鎮に比べれば、ゴミのようなものだ。だが、そんなことはどうでもいい! 


そんな政治的な価値など、私の個人的な幸福に比べれば塵芥(ちりあくた)同然だ! ロザリーは私を心から愛している! 心から私を選んだ! それが全てだ! あの陰気で生意気なヴィオレットとは、雲泥の差だ!)


 あの舞踏会での出来事の後も、ロザリーは変わらずにオーギュスタンの傍におり、優しい言葉で慰めている。


「王子殿下、あのような場でヴィオレット様が反論なさるなんて、信じられませんわ。…… それなのに、ヴィオレット様はわたくし達を罪人のように扱うなんて……。オーギュスタン様、陛下にとりなしてくださいませ。オーギュスタン様は王太子であり、わたくしは、その妃となるのですよね? わたくしは、いつだって殿下のお味方ですわ。」


 ロザリーの甘い声が、耳朶に心地よく響く。


(そうだ。彼女の言う通りだ。彼女こそ、私の理解者だ。私の選択は正しかったのだ。ヴィオレットめ……私がロザリーという真実の愛を見つけたことに嫉妬しているのだ。だから、あのような当てつけがましい真似をした! 私とロザリーの愛を、汚そうとしたのだ!


そうだ、それが真実だ! 私が間違っていたのではない! 全てはヴィオレットの、私への歪んだ嫉妬と、彼女自身の性格の悪さによるものだ!)


(父上や母上、教師どももなんだ! 偉そうに説教を垂れおって! 『王家の沽券が!』だの、『派閥の均衡が!』だの、『北のフォルテール王国が不穏で!』だの、喚き散らしおって! 


煩い! そんなものは私の知ったことか! 私が! この私が自ら伴侶を選んだことの、何が悪い!? なぜあの女が、この王太子である私の個人的な問題に、国家の問題だと口出しする! あの女ごときに、私の行動を、この王家のことを理解できるものか!)


(私に恥をかかせ、私の道を阻もうとするあの女を、絶対に許さん! 徹底的に叩き潰してやる! 私に逆らったことを、骨の髄まで後悔させてやる! あの澄ました顔を、涙と泥に塗れた醜い顔に変えてやる! あの女の、あの家の権威も、全て私が破壊してくれる! 


王家への賠償要求だ? 面倒なことを! 父上達が適当にあしらっておけばいい! 王とはそういうものだ!)


 オーギュスタンは、拳を強く握り締めた。金色の瞳に宿るのは、最早理性の光ではなく、自己憐憫と、歪んだ復讐心、そして周囲で進行する大きな問題への驚くべき無関心だけだった。


 彼は、傍に控えていた取り巻きの一人を強く睨みつけ、わざと大きな声で命じた。


「おい! ……そなただ! 明日は狩りの準備をしろ! 最高級の獲物をだ! この苛立ちを晴らさねば気が済まん! 獲物を(ほふ)り、私の力を見せつけてやる!」


(私に逆らえるなどと思っている馬鹿ども、そしてあの女に思い知らせてやる! 王太子オーギュスタンの力は、揺るがないのだと!)


 オーギュスタンの頭の中にあるのは、舞踏会での屈辱と、ヴィオレットへの個人的な恨み、そしてロザリーからの肯定と、肉体的な満足だけだった。彼自身の行動が、王家の政治的危機や、自身を取り巻く状況をどれほど深刻にしているか、彼は微塵も理解していない。


 彼の歪んだ内情そのものが、彼自身の破滅を招くことになる。だが、今のオーギュスタンに、それを理解する力は、一片たりともなかった。




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