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【連載版】侯爵令嬢はバカ王子にさっさと婚約破棄されて、有能執事と結婚します〜「お嬢様、お任せください。そのような未来は私が断じて来させません」  作者: 源あおい
第二幕 抗う令嬢と白銀の執事

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第26話 病の終息と深まる想い

 ♢♢♢


(レオン視点)



 野盗による襲撃を撃退した数日後。レオンは捕縛した賊たちの尋問を騎士団と行い、得られた情報を整理していた。


 取り調べで使用した記憶を見る魔道具。そして野盗の頭目が持っていた、何らかの紋章らしきものが刻まれた金属片。

それらは、確かな証拠として一つの事実を示していた。


(やはり、私の勘は正しかった……)


 この賊たちは、レオンの出自である第二王子派閥のドウェルノン公爵家と繋がっていた。


 ドウェルノン公爵家か第二王子その人か、大元の出どころが、どちらの指示だったかまでは現時点ではわからない。

 

 だが、お嬢様を狙った計画であることは明白だ。病の発生、そして村の焼き討ち未遂は、全て第一王子を陥れるための、周到に仕掛けられた政治的な陰謀であるという確信。ヴィオレットお嬢様が、第一王子が王太子としてある為の重要な人物だからこそ、ビューコン村は狙われたのだ。


(第二王子派閥の狙いは……お嬢様を亡き者にすることか。それとも、第二王子の婚約者にすげ替えることか……?)


 彼にとって、因縁深いドウェルノン公爵家が、お嬢様に、ボーフォール侯爵家に害をなそうとしているという事実。


(許せない……! 断じて許すわけにはいかない!)


 白い手袋に包まれた拳を無意識のうちに強く握りしめる。手袋越しの布地が軋み、指の関節が硬くなるのを感じる。


 レオンの心に、ドウェルノン公爵家への個人的な憎悪と、主を狙う陰謀に対する冷たい怒りが燃え上がる。それは、長年蓋をしてきた過去の傷口を抉られるような、堪え難い疼きを伴っていた。


 ビューコン村での出来事を経て、胸に秘めたお嬢様への想いが、もはや抑えきれないほどに膨れ上がっているのを感じる。


 ヴィオレットお嬢様の聡明さ、勇敢さ、領民を案じる優しさ、そして困難に立ち向かう強い意志。


 内面の輝きをよく現した紫水晶のような菫色の瞳。思わず触れてみたくなるような艶やかな深紫色の髪。この世に二人といない、その美貌。全てがレオンの心を捉えて離さない。


(どれをとっても、私の知る誰よりも素晴らしく、尊い方だ。こんなにも近くでお嬢様の成長を見守ることができたこの期間は、私にとって、何よりも代えがたい大切な宝物となった。


だが……私は執事。ドウェルノン公爵家の血を引く、日陰の存在)


 彼自身が、他ならぬお嬢様の政敵であるあの家出身なのだと理解している。


(暗い過去を持つ私が、太陽のように眩しいお嬢様の隣に立つ資格などないことは、自分が一番よく分かっている。ヴィオレットお嬢様は、未来の王妃として全ての国民に慕われるべきお方だ。


私の分を弁え、自分に厳しく言い聞かせる以外、何ができるというのだ……いや、為すべきことはただ一つ。お嬢様を護りきることだけだ)


 主従という壁、そして自身の過去が、レオンの心を強く縛り付ける。お嬢様への深い愛情は、胸の奥に押し込めるしかない。


(お嬢様が私に向ける、信頼と親愛に満ちた眼差しに触れるたび、この想いを打ち明けたい衝動に駆られる。


だが、それは私の身勝手なエゴだ。お嬢様をこれ以上危険に晒すわけにはいかない。私という日陰者の存在が、お嬢様のあの輝きを曇らせることなど、断じてあってはならない)


 レオンは決意を新たに静かに立ち上がった。




 ♢♢♢


(ヴィオレット視点)



 野盗の襲撃から三週間。病魔の脅威は去り、ビューコン村の風土病は終息した。死者を一人も出すことなく、村には活気と平和な日常が戻ってきた。子供たちの笑い声が響き、大人たちが畑仕事に精を出す。


 リュミエールの成木から感じた、あの禍々しいオーラは消え去り、清々しい気配が漂う。ヴィオレットたちの努力の成果だった。


 村人たちはヴィオレットたちに、涙を流して礼を言い、称賛した。病から、そして野盗からも村を救われたことへの、偽りのない深い感謝。彼らの言葉や目に宿る尊敬。死の恐怖を回避できた安堵感が、村全体を包んでいた。


 全てが一段落し、侯爵邸に戻って迎えた束の間の穏やかな日々。風土病と野盗襲撃という二重の危機を共に乗り越えた中で、ヴィオレットは改めて、レオンの存在の大きさを肌で実感していた。


 彼の冷静な判断力、有能さ、そして常にヴィオレットの安全を最優先し、危険から守ってくれた献身的な姿。命の危険を乗り越えた経験で得た絆。


(これまでの感謝や信頼とは違う。この、胸を締め付ける熱は……)


 レオンへの想い。


 その熱は以前よりも一層、抗いがたい特別なものへと変わっていた。もう「感謝」や「信頼」だけでは言い表せない。


 心の奥底でくすぶっていた熱が、初めて輪郭を持ち、ヴィオレット自身にその正体を知らせに来た。


(これが、きっと……)


 彼と共にいれば、どんな困難だって乗り越えられる。揺るぎない確信。彼に惹かれているという感情は、様々な体験を経てようやく確固たる想いへと形を変えた。


 彼の優しさに触れるたび、彼の声を聞くたび、そして彼が自分を見つめる真剣な眼差しに触れるたび、胸が激しく高鳴るのを感じる。彼に抱き上げられた時の事が忘れられず、思い返す度に赤面してしまう。


(間違いないわ。これは、きっと恋……。オーギュスタン殿下への感情とは、まるで違う)


 常日頃の執事服を完璧に着こなした、隙のない立ち姿。白銀の髪に縁取られた憂いのある美しい顔、瑠璃色の瞳に浮かぶ優しさ、そして微かに香る彼の匂い。一度頭に浮かんだら、いつまでも離れてはくれない。


 だが、初めての想いを自覚すると同時に、ヴィオレットは身分差の壁を強く意識した。自分は第一王子の婚約者であり、彼は専属執事。主従という越えられない壁。オーギュスタンとの婚約という現実。


 これらが、二人の関係における大きな障害となる。レオンは、ボーフォール侯爵家にとって無くてはならない、忠実で有能な執事。彼に身分違いの想いを抱くことは、許されないのではないか。


 こんな身勝手な感情で、彼に迷惑をかけてしまうのではないか。身を切るような葛藤が、ヴィオレットの心を締め付ける。


(けれど……もし、オーギュスタン殿下との計画が上手くいき、婚約を無くす事ができれば……その時は……)


 火あぶりの悪夢は回避できた。だが、野盗の捕縛で得た情報は、病の背後に人為的な要因と、それによる新たな危機、政治的陰謀が存在することを示唆していた。


 この平穏は、嵐の前の静けさかもしれない。悪夢が示す未来が、誰かの悪意から来ているのならば、まだ完全に回避されたわけではない。多くの人と関わる来春の王立学園で、更なる試練が待ち受けている可能性は高いだろう。


(でも、もう大丈夫。レオンがそばにいてくれる。わたくしは、必ず計画を成し遂げてみせるわ)


 理不尽な運命に立ち向かい、自らの手で未来を切り開くヴィオレットの戦いは、これからもレオンと共にあるのだから。


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