表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【連載版】侯爵令嬢はバカ王子にさっさと婚約破棄されて、有能執事と結婚します〜「お嬢様、お任せください。そのような未来は私が断じて来させません」  作者: 源あおい
第二幕 抗う令嬢と白銀の執事

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/40

第25話 襲撃

 兄マクシムが見舞いに来てくれた翌日も、風土病「黒死斑」の対策は続いていた。


 ヴィオレットとレオン、そしてボーフォール侯爵家の医療班や使用人たちの懸命な努力によって、村人たちの病状は安定し始め、新たな感染者の発生も緩やかになってきていた。村人たちの間に、かすかな安堵の空気が満ち始めていた。


 ヴィオレットは対策本部に詰め、これまでの情報を元に、衛生管理の更なる徹底や、古文書から考察した原因物質である成木リュミエールの花粉対策、清浄なリュミエールを用いた治療について指示を出している。レオンは村内外の情報収集や物資の手配に奔走していた。


 あと一刻もすれば夕暮れが始まろうかという時に、静寂を破る一報が届けられた。


 ビューコン村の周辺索敵にあたっていたボーフォール家騎士団から、武装した不審な集団が北より急速に近づいているとの緊迫した報告が、ヴィオレットのもとに飛び込んできたのだ。


「野盗でしょうか……? ですが、わざわざ病気の村へ来るなんて、現在のこの村の事を知らないのかしら?」


 ヴィオレットが首を傾げる。レオンの表情が僅かに硬くなった。


「通常の野盗団ではないようです。報告によりますと、賊は統率の取れた組織的な動きをしており、服装や装備の一部に見慣れない特徴があるとのこと。位置的にドウェルノン領、あるいはその周辺から流れてきた者たちである可能性が高いと分析されています」


 ドウェルノン領――その名を聞いた瞬間、ヴィオレットの胸に嫌な予感が走った。悪夢で見た「火あぶり」の光景が脳裏をよぎる。もし、あの悪夢が、単なる病の結果ではなく、人為的な「焼き討ち」を示唆していたとしたら?

 

 悪夢の再来を予感させる事態に、一瞬足がすくみそうになるが、立ち止まるわけにはいかなかった。迷わず動き、領民を守らねばならない。


「レオン。対策本部の医療班と使用人には、病人を安全な場所に避難させるよう伝えてちょうだい。騎士団には野盗の侵入経路を特定し、迎撃態勢を整えさせてください。村人には、落ち着いて一箇所に集まるように周知を。


わたくしが結界魔法で守ります。レオンは、わたくしの傍らで共に指揮を執ってください」


 ヴィオレットは兄マクシムへ視線を向けた。


「お兄様、これでよろしいでしょうか?」


 混乱が予想される状況においても、ヴィオレットの思考は冷静だった。悪夢に立ち向かう中で培われた力と、領主の娘としての責任感が、彼女を突き動かす。


 前夜、兄マクシムから受けた温かい励ましと家族の愛情も、彼女を後押ししていた。


「ああ、問題ない。ここの対策本部の長はヴィオレットだと父上が定めている。指揮系統を乱さぬよう、私も自分の側近達と共に騎士として戦おう。ヴィオレットは護衛騎士と戦闘侍女(バトルメイド)達を、常に側に置くように」


「わかりましたわ」


 レオンはヴィオレットの冷静な指示に、一瞬目を見張り、深く頭を下げた。


「かしこまりました、お嬢様。速やかに手配いたします」


 彼は迅速に指示を伝え、レオン自身もヴィオレットの護衛と指揮のために準備を整える。村に駐屯していたボーフォール家騎士団に出動を要請した。


 ヴィオレット付きの戦闘侍女たちは、武器を手にヴィオレットの傍らに控え、レオンと護衛騎士達はその外側で守る。


 間もなく、村の外れから馬影が見え始めた。数は百人程だろうか。皆武装しており、その動きには襲撃への慣れが見られる。


 野盗達は村の周縁から略奪品を探しているのか、様子見をしている。そして、彼らの手には、まだ明るさが残っている中、既に松明が握られているのが確認できた。


(まさか……本当に、焼き討ちを……?)


 悪夢が現実の危機として姿を現したのかと、ヴィオレットは息を呑んだ。野盗たちの手にある松明の炎がゆらめく。それは、病による焼却処分という名の元に、村を意図的に焼き払おうとする、悪夢で見た『火あぶり』の光景を思わせた。悪意が、炎となって目前に迫る。


「騎士団の皆さま、援護しますわ! ――脆弱なる身を護る聖なる光よ、我が意に従いその身を包め! 『守護光膜(ヴォワル・ルミヌー)』!」


 ヴィオレットが呪文を唱え、リュミエールの成木から作られた杖を掲げると、淡い光の膜が三十人ほどの騎士団員と兄やレオンらを包み込み、野盗の攻撃から彼らを保護する。


「おお! ありがたし!」


「――重き枷より解き放たれし疾風よ、翼となりてその身に宿れ! 『疾風快速ヴィテス・フルギュラント』!」


「体が羽根のように軽い!」


「この人数全てに魔法をかけるとは、お嬢様はなんと豊富な魔力量なのだ!?」


 さらに素早さの上がる魔法をかける。実戦で補助魔法を使うのは初めてだったが、訓練の成果はしっかりと出ていた。




 突撃してきた野盗達の前に、身を隠していたボーフォール家騎士団が立ちはだかる。ミシェル団長の怒号が響き渡り、戦闘が開始された。騎士たちはボーフォール侯爵家の領地を守る誇りを胸に、勇敢に剣を振るった。


 ヴィオレットは安全な場所から戦況を見守り、レオンと共に指示を出す。野盗たちの動き、騎士団の状況を確認しながら、必要な指示を的確に伝える。そして、習得した結界魔法を使う時が来た。


「――悪意から我が身を守る聖なる壁よ、今ここに顕現せよ! 『聖絶結界サンソリュ・バリエール』!」


 ヴィオレットから薄紫色の魔力が 溢れ出し、半透明のドーム状の壁が形成される。


「な、なんだぁ、この薄紫色の壁は!?」


 村人から驚きの声が上がる。


「領民の皆さん、この結界内から出てはいけませんよ」


 ヴィオレットは、自身と戦闘侍女と病人、村人、医療班などの非戦闘員全てを包み込む結界を展開する。レオンと護衛騎士は結界の外で、騎士団員の防衛ラインを掻い潜って来た野盗を討つ。


(師事しているから強いのは知っていたけれど、レオンって騎士たちよりも動きが良いわね)


 魔法を併用して、難なく野盗を討ち取っている。


 レオンは戦闘の傍らで、野盗たちのリーダー格や、彼らの指示系統に注意を払っている。上位の野盗に狙いを定め、捕縛するように騎士団に指示を出していた。


 野盗たちの言葉遣いや行動から、彼らが単なる無秩序な集団ではなく、何者かに組織され、特定の目的を持って行動している可能性が高い。


 ボーフォール家騎士団と兄、そしてヴィオレット達の連携により、野盗たちは次々と撃退されていく。


 戦闘では兄マクシムとレオン、騎士団長のミシェルの三人が魔力量の多さも相まって、他を圧倒する強さだった。一部の野盗は逃走したが、すぐに取り押さえられた。


 頭目とおぼしき男と他何人かは捕縛され、尋問のために確保された。村に火が放たれることはなく、村人たちは無事だった。野盗による村の焼き討ちを未然に防ぐことに成功したのだ。


 危機が去り、静寂が戻ってきた村に、安堵の溜息が広がる。村人たちは兄とヴィオレット、ボーフォール侯爵家騎士団に心から感謝し、彼らの周りに集まってくる。彼らの目には、もはやお忍びでの調査時の警戒心や排他性はなく、深い安堵と尊敬が宿っていた。


「お嬢様、若様! 騎士の皆様! ありがとうございました!」


「お嬢様が魔法で助けてくださった!」


 襲撃を経験し、ヴィオレットは確信した。予知夢で見た『火あぶり』は、病による焼却処分だけでなく、人為的な攻撃をも示唆していたのだ。その背後には、政治的な陰謀が潜んでいるのだろう。悪夢が警告する人為的な悪意と危機は、紛れもない現実となった。


 ふとレオンと視線が合い、互いに、戦いを乗り越えたことを確かめるように頷き合った。彼の瑠璃色の瞳に安堵の色が浮かんでいるのを見て、ヴィオレットもまた、自然と口元が緩んだ。


「ふぅ、なんとかなりましたわね。それにしても……疲れましたわ」


 緊張の糸が切れたのか、ヴィオレットはものすごい虚脱感を覚え、ふらりとした。視界が揺らぎ、足元が覚束ない。


「お嬢様!」


 足元が崩れそうになったヴィオレットを、すかさずレオンが抱き留め、その両腕に優しく横抱きにする。


「失礼致します。このままお運び致しますので、回復薬をお飲みになって直ちにお部屋でお休みください、お嬢様。おそらく魔力が枯渇しております。後の事はお任せください」


「あ、ありがとう……レオン……」


 強烈な疲れなのか、淑女として、 あるまじき姿を晒していることへの恥ずかしさなのか、ヴィオレットは胸のどきどきが止まらない。レオンの腕の中の温かさに、思考が朧になる。


(力が入らないし、どうすればいいの!? レオンに抱き上げられるなんて!?)


 しかし、ヴィオレットはそれ以上考えることはできなくなり、深い眠りに落ちたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ