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【連載版】侯爵令嬢はバカ王子にさっさと婚約破棄されて、有能執事と結婚します〜「お嬢様、お任せください。そのような未来は私が断じて来させません」  作者: 源あおい
第二幕 抗う令嬢と白銀の執事

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第23話 ビューコン村の視察 

 古文書庫での発見は、悪夢の罪状である『黒死斑』と呼ばれた風土病とビューコン村、そしてリュミエールの間に、深い関連性があることを強く示唆していた。


 そして、その先には、人為的な悪意、つまり陰謀の気配が色濃く漂っている。真実を知るためには、文献調査だけでは不十分だった。


 実際に、悪夢の舞台となったビューコン村とその周辺地域を視察し、現状を肌で感じる必要がある。


 そう判断したヴィオレットとレオンは、父である侯爵に許可を得て、密やかにビューコン村へ赴くことを決めた。


 レオンが手配してくれた旅装は、上質な(リネン)の、飾り気のない生成りのシンプルなワンピースと、髪を隠す薄手のベール付きの帽子だった。


 レオンもまた、いつもの執事服ではなく、丈夫な麻の、地味で動きやすいチュニックとズボンを纏っている。護衛騎士や戦闘侍女のナタリー、マノン、フロランスも同様の、目立たない装いをしていた。


 侯爵領の中心部から、ドウェルノン公爵領へと伸びる北街道を馬車に揺られて行く。ビューコン村への道中は、どこか張り詰めた緊張感があった。窓の外には、豊かな侯爵領の長閑(のどか)で平和な景色が広がる。


 だが、ビューコン村に近づくにつれて、空気が変わっていくのを感じた。緑の色が濃くなり、森の木々がどこか陰鬱な雰囲気を纏い始める。


 湿気を帯びた重苦しい空気が肌に纏わりつく。村の周囲には、人の手が入っていないであろうリュミエールが、まるで境界線を示すかのように、力強く自生しているのが目に留まる。


 栽培されたリュミエールのような可憐さはなく、どこか野性的で、そしてぞっとするようなオーラを放っているようにヴィオレットには見えた。


 村の入り口に到着した瞬間、ぴりりとした視線を感じた。道の脇に立っていた数人の村人が、こちらをじっと見ている。その視線は、単なる珍しさからではない。


 明らかに警戒し、よそ者を拒むような硬い表情。彼らは、単に排他的なだけでなく、何かに怯えているような、あるいは何かを隠しているような気配を漂わせていた。


 村の中に入り、注意深く見て回る。沈滞した空気が漂い、人々の話し声も小さく、互いに探り合っているような様子も見られる。


 ヴィオレットは発疹など風土病の兆候がないか、村人たちの様子を注意深く観察したが、明らかな病人は見当たらなかった。


 レオンはヴィオレットの傍らで、村の地理や建物の配置を注意深く観察し、異常な点がないかを確認している。村の井戸や共同の水場など、衛生状況に関わる場所も確認し、病の発生源や感染経路の手がかりを探っていた。


 ヴィオレットは村の風土や伝承に関わる手がかりを探した。古びた祠や、村の歴史が刻まれた石碑などを注意深く観察する。文献調査で得た「稀人」や「リュミエールの神秘」といったキーワードを念頭に、それらを示唆するようなシンボルや痕跡がないかを探す。


 村の古老に話を聞くことも試みたが、彼らは警戒心が強く、多くを語ることはなかった。結局、それらしいものは見つけられなかった。


 視察中、一行はできるだけ村人と接触を避けるように努めた。だが、偶然通りかかった村人たちが、ヴィオレット達に冷たい視線を向けたり、ひそひそと何かを囁き合ったりする様子が見られた。


 彼らの視線には、悪意や猜疑心のようなものが含まれているように感じた。それは、悪夢で感じた群衆からの悪意と重なり、まるで肌をぴりぴりと焦がすような不快感をヴィオレットに感じさせる。


 村の外れにある、文献にも記述があったリュミエールの群生地を訪れた。年月を経て育ちきった野生のリュミエールは、背の高い樹木のようで、侯爵邸の庭園で栽培されているものとは異なり、力強いオーラを放っている。


 ヴィオレットはリュミエールの傍らに立ち、目を閉じて悪夢との関連性を感じ取ろうとした。


 微かに、心の中に流れ込んでくる感覚がある。それは、光でも、温かさでもなく、どこか重く、濁ったような感情。人々の『不安』、そして『恐怖』。それに混じって、底知れない『憎悪』の感情も感じられるような気がした。


 森の聖地と言われる、グランブータン公爵領出身の母から伝え聞いている、リュミエールの成木の清らかな荘厳さや、神秘性とはかけ離れていた。


 やはり、リュミエールの感受性共鳴と、村の風土病、そして悪夢には、何らかの関連があるのかもしれない。


 視察を終え、村を離れる馬車の中で、レオンが静かに呟いた。


「この村の住民たちの警戒心は、他の村とは違うように感じます。まるで、何かを隠しているかのように……」


「ええ……あの古文書の記述も、そしてリュミエールの様子も……悪夢の罪状と、深く関わっている気がしてなりません。何か、意図的に隠されている真実があるのでしょう。そして、その背後には……陰謀の気配が色濃く漂っていますわね」


 ヴィオレットの脳裏に、第二・第三王子派閥への疑念がよぎる。

 

 今回の視察で、悪夢の舞台となった場所の異常な雰囲気と、風土病の背後にあるであろう陰謀の気配を肌で感じ取ったヴィオレットとレオンは、改めて警戒心を強める。


 悪夢は単なる予言ではなく、人為的な悪意によって引き起こされる危機を示唆する『啓示』なのかもしれない。もしそうだとしたら、次に何が起こるか予測できない。


 村を後にした馬車は、夕闇が迫る中領都への道を静かに進む。険しい悪夢回避の道。だが、隣にレオンがいる限り、ヴィオレットの心には、決して消えない希望の灯が宿る。


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