第21話 レオンの想いと調査の始まり
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(レオン視点)
お嬢様が語られた、火あぶりの悪夢。そして、どんな手段を使ってでも、この運命に抗ってみせるという、鋼のような決意。レオンは、主の言葉を受け止めながら、自身の内で燃え盛る感情を、完璧なポーカーフェイスの下に押し殺した。
(火あぶり……ビューコン村……黒死斑……。そして、あのオーギュスタンという男が、主を断罪し、その苦痛を愉しんでいたという光景。想像するだけで、血が逆流するほどの怒りが込み上げる。)
蒼白な顔で、毅然と前を見据えるお嬢様を見るたび、レオンの忠誠心は、義務や恩義を超え、個人的で熱いものへと変貌していった。
(オーギュスタンなどという男に、この聡明で美しい方を委ねるなど、断じてあってはならない。お嬢様のひたむきさ、心の優しさを思うと、尚更だ。
もし自分が……万が一にも、そのような立場にあったなら……どれほど大切に慈しみ、守り抜くことだろう。どれほど、その微笑みのためだけに、全てを捧げるだろう。)
「――……っ」
込み上げる熱い想いを、レオンは冷徹な理性で断ち切った。危うく職務を忘れ、不敬な感情に呑まれるところだった。大恩あるボーフォール侯爵家のお嬢様に対し、分不相応な想いを抱くなど。
毒を盛られ、辛うじて生き延びた過去を持つ自分が、光の中に立つべきお嬢様の隣に並び立つ資格など、あるはずがない。
(ヴィオレットお嬢様の幸せ――それは、本来ならばこの国の未来の王妃として、輝かしい道を歩まれること。たとえ今は困難な状況にあっても、その道を切り拓こうとされるお覚悟を、陰ながら全力で支えること。
それが、自分に許された唯一の道であり、本懐なのだ。この胸の奥で密かに燻る身の程知らずな熱情は、決して悟られてはならない。)
だが、お嬢様が理不尽な悪夢に苦しめられ、その尊厳を踏みにじられようとしていることへの怒りは、到底抑えきれない。
(未来の王妃となるべく運命づけられ、これほどまでに懸命に運命に抗おうとされるお嬢様を、あの愚かな王子は……!)
その憤りが、レオンの胸を熱く焦がした。
「火あぶり……なんと、おぞましく、許し難いことを……。承知いたしました、お嬢様。ビューコン村、そして黒死斑について、早急に、徹底的に調査を開始いたします。そのような未来、このレオン、断じて現実にはさせません。決して」
レオンの誓いは、執事としての務めを超えた、魂からの叫びだった。
♢♢♢
(ヴィオレット視点)
レオンの言葉と、瞳の奥の揺るぎない決意に触れ、ヴィオレットは一人ではないという安堵と、彼への絶対的な信頼を改めて感じた。彼と共にいれば、困難は乗り越えられる。その確信が悪夢の恐怖を打ち消すように、ヴィオレットの心を温かく満たした。
「身に覚えなど、断じてございませんわ。ビューコン村は、領地の端にある、古くからの伝承が残る小さな村だと聞いておりますけれど……」
悪夢の詳細について、レオンと情報を整理する。
「ドウェルノン公爵領との領境に近い位置に、ビューコン村という名前の村はございます」
レオンは静かに頷き、お嬢様の予知夢がリュミエールの奇跡の一端――『予言』である可能性が高いことを示唆した。火あぶりの罪状が伝染病に関わることから、伝染病と「ビューコン村」について、早急に調査する必要があることを提案した。
毒耐性訓練や決闘対策で未来を変えられると実感していたヴィオレットは、行動を起こすことに躊躇しなかった。
「ええ、分かりましたわ。では、ボーフォール侯爵家の書斎にある古文書や記録を調べてみましょう。何か、手がかりが見つかるかもしれませんわ」
「かしこまりました、お嬢様。すぐに手配いたします。古文書館の鍵、必要な資料のリストアップなど、調査がスムーズに進むよう、全て私が準備させていただきます」
夜明け直後の静寂の中、二人は対策を練り始めた。窓の外の朝焼けがだんだんと青くなる。ヴィオレットの瞳には、恐怖を乗り越えた強い決意が宿り、それを支えるレオンの眼差しは、静かで熱かった。
悪夢は終わらない。だが、ヴィオレットの戦いは、新たな局面を迎えた。
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