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【連載版】侯爵令嬢はバカ王子にさっさと婚約破棄されて、有能執事と結婚します〜「お嬢様、お任せください。そのような未来は私が断じて来させません」  作者: 源あおい
第二幕 抗う令嬢と白銀の執事

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第11話 未来への対抗策

 ♢♢♢


(レオン視点)



「……昨日までは、毒を飲んでも大丈夫だったのに……未来は、変わったはずなのに……! なぜ、今度は決闘なのですか……? わたくし、どうすれば……」


 絶望が、ヴィオレットお嬢様の言葉を途切れさせていた。小さな肩が、哀れなほど震えている。


 その震える語りに耳を傾けながら、レオンは内心で燃え上がる怒りを平静な表情の下に押し込んだ。完璧に制御されたはずの表情筋が、微かに引き攣るのを感じる。


(レジェモン子爵令嬢ロザリー……革新派、財政難……子爵からの茶会の申し出は丁重にお断りしたはず。アデール・クールエピスは初耳か。……有象無象がお嬢様を脅かすなど……!)


 虫唾が走る。一瞬、過激な考えが頭をよぎった。


(消すか? その女騎士もろとも。いや、子爵家ごと……)


 

 だが、即座にその思考を打ち消す。

 

(短絡的すぎる。お嬢様の予知夢がリュミエールの奇跡の一端ならば、その者達を取り除いても、また別の形で災厄は訪れるかもしれぬ。それでは根本的な解決にならない。

 

ならば、為すべきことは一つ。お嬢様ご自身が、運命を打ち破る力を身につけることだ。あの毒耐性訓練で見せた強い意志があれば、必ずや……

 

それにしても、腑に落ちない点が多すぎる。まずは情報収集だ。ロザリー、アデール、そしてレジェモン子爵家。全てを調べ上げ、侯爵様にご報告せねばなるまい。

 

第一王子殿下も不可解だ。自らの支持基盤たるボーフォール家を切り崩すとは愚かしい。

 

政略結婚とはいえ、ボーフォール侯爵家の至宝たるヴィオレットお嬢様の伴侶となれる栄誉に浴しているというのに、お嬢様の味方をしないどころか、まるで憎い敵かのように扱うなど……とても許せたものではない。

 

将来はお嬢様を娶られて、国を治められる御方なのだから、もっとしっかりとしていただかねば、たまったものではない。

 

……だが、それすらも誰かの差し金か? 予知夢とはいえ、この執拗さ……お嬢様を、ひいては侯爵家を潰して得をする者と言えば……第二王子、あるいは第三王子……となれば。)


 脳裏に浮かぶのは、後ろ盾となる二つの公爵家の名。

 

(神秘主義派筆頭、ドウェルノンか……? あるいは革新派筆頭のオーベルヴィリエか……?)


 ドウェルノン――その忌まわしい名に、古傷が疼くように胸の奥が鈍く痛んだ。


(いずれにせよ、今は憶測だ。確かな情報を掴まねば。)


 レオンは思考を打ち切り、目の前のお嬢様に向き直った。この方を守ること、それが今の自分の全てだ。


 ヴィオレットの不安に揺れる菫色の瞳を見据え、レオンははっきりと言い切った。


「ですが、お嬢様。ご案じなさいませぬように。未来がどのように形を変えようとも、このレオン、必ずや道を切り拓いてみせます」


 その言葉には、毒への対策を練った時とはまた違う、揺るぎない覚悟が込められていた。レオンの力強い眼差しは、悪夢の残滓に怯えるヴィオレットの新たな未来を、確かに捉えていた。




 ♢♢♢


(ヴィオレット視点)



 ヴィオレットは、自身とレオンの決意を胸に、決闘という新たな脅威に立ち向かうべく、過酷な訓練の日々を始めた。

 

 ボーフォール侯爵家の庭園の一角。早朝の涼気の中、ヴィオレットは木剣を握る。深紫色の髪を束ねた横顔には、毅然としたやる気に満ちていた。


「構えが甘いです、お嬢様。腰を落として。剣先がぶれては隙を見せます」


 レオンの声は鋭い。一切の妥協なく、基本的な足運び、素振りが繰り返される。すぐに腕が痺れ、息が上がる。それでもヴィオレットは唇を引き結び、必死に食らいつく。汗が顎を伝い、地面に落ちた。


 彼の瑠璃色の瞳は的確な指示を飛ばしつつも、その限界を慎重に見極めているようだった。


 陽が高くなると、訓練は魔力制御へ移った。


「うっ……!」


 ヴィオレットは制御しきれない魔力の奔流に顔を歪める。淡い紫色の魔力が不規則に渦を巻き、地面に小さなクレーターを穿った。


「また……!」


 悔しさに唇を噛む。豊富な魔力は誇りだが、制御が難しいほど多過ぎるため、決闘で必要となる繊細な操作においては、逆に災いしていた。


(このままじゃ、あの夢の中の騎士に……)


 悪夢がよぎり、瞳が不安に揺れる。


「焦らないでください、お嬢様。大切なのは、魔力と対話することです。力でねじ伏せるのではなく、流れを感じ、導くのです」


 傍らに立ったレオンの声が、焦りを和らげる。彼が肩に置いた手は温かく、乱れた魔力を穏やかにするようだった。


「私も、幼い頃は魔力制御に苦労しました。まるで手に負えない猛獣のようで……」


 レオンの言葉には陰があった。


(なんでもできるレオンも……苦労したの?)


 問いかけたい気持ちを、彼の雰囲気を感じて飲み込む。


「一気に力を解放せず、少しずつ、丁寧に流れを感じ取ることです。例えば、樽の水をコックをひねって流すように……あるいは」


 レオンは指先から微量の、しかし純度の高い魔力をヴィオレットへ送った。それは優しい水流のような魔力だった。


「私の魔力を、お嬢様の意思でゆっくり押し返すイメージで。力任せではなく、壁を作り優しく押し留めるのです」


 ヴィオレットは頷き、目を閉じて意識を集中させた。樽のコック、流れる水、レオンの魔力……体内で渦巻く魔力を必死に制御しようと試みる。何度も失敗し、額に汗が滲み、呼吸が荒くなる。だが、諦めるわけにはいかない。


 レオンの言葉を頼りに集中すると、ほんのわずか、彼の魔力に抵抗できる瞬間が訪れた。


(できた……かも?)


 見えない壁が、レオンの穏やかな魔力の流れを、確かに押し返した感触があった。


「……素晴らしい、お嬢様! その調子です。今、確かに制御できていました」


 レオンの声には、心からの感嘆と喜びが滲んでいた。


「お嬢様の集中力と吸収力は目覚ましい。焦らず、今の感覚を忘れないでください」


 その言葉に、彼女の胸が熱くなる。失敗ばかりで沈んでいた心に光が差した。額の汗を拭うと、表情に確かな自信が宿り始めていた。ほんの少しだが、未来への道が見えた気がした。


「少し休憩いたしましょう」


 レオンが合図し、ノエミが冷たいレモン水を用意した。木陰のベンチで喉を潤しながら、ヴィオレットは尋ねた。


「レオンも魔力量が多いですよね……どうやって、そんなに上手に魔力を制御できるようになったのですか?」


 レオンは少しの間、遠い目をして空を見上げた後、静かに答えた。


「……私が育った場所は、決して穏やかな環境ではありませんでした。そこで生き抜くには、力を制御するしか方法がなかったのです。身を守るために、必死でした」


 短い言葉の奥にある悲しみを感じ、ヴィオレットはそれ以上尋ねることを躊躇した。


(レオンにも、辛い過去が……)


 その過去が今の彼を作り、自分を守るために力を尽くしてくれている。胸が締め付けられるような痛ましさと、同時に温かい感謝の気持ちが込み上げた。


 休憩後、訓練が再開された。今日の訓練で、ヴィオレットは魔力制御の基礎を掴み始めていた。暴走は格段に減り、自分の意思で魔力を形作る感覚を得た。


「ありがとうございます、レオン。少し自信がつきました」


 訓練の終わりに、ヴィオレットは心からの感謝を伝えた。

レオンは優しい眼差しで頷く。


「お嬢様ご自身の努力の賜物です。私は、ほんの少しお手伝いしたに過ぎません。これからも、共に頑張りましょう」


 その言葉は、レオンと共に未来へ立ち向かう、力強い誓いのように聞こえた。



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