最終章 冬の最愛
立冬の日からしばらく経ち、景色は雪によって真っ白な光景になっていた。
刹那の屋敷で暮らし始めてから一度も苦しいと思った事も悲しいと思った事もない。きっと周りにいる妖の子達やもちゆきくん達式神のお陰だろう。
優しい人達に囲まれた生活と、私が好きな小物や素敵な着物や美味しい食事、そして屋敷にある美しい庭園が私の心を豊かにしてくれた。
刹那からの愛も今まで以上に深いものになっている。
ついこの間まで地獄の様な日々を送っていたのにまるで夢の様だった。
朝、目を覚ました私は隣で眠る刹那を起こさない様にそっと布団から出て鏡台の鏡を見ると、刹那との夜の名残が体に刻まれていて恥ずかしくなり慌てて浴衣を羽織った。
鏡台に置いてあった百合の髪飾りを手に取る。私と刹那を繋ぐ髪飾り。化け物みたいだと言われていた赤い髪に挿してくれた美しある髪飾りは私の大事な宝物となっていた。
私の隣で寝ていた刹那の寝顔を見て幸せな気分になる。私はそっと彼の頰に口付けをする。
とても小さな声で「おはよう。刹那」と呟いた。
襖から漏れる朝日を見ようと音を立てない様に開けると、目に飛び込んできたのは真っ白になった庭園。
小さな赤いの花に雪が積もっていて可愛らしく、地面や生垣にも雪化粧が施されていた。
朝日が雪を宝石の様にキラキラと照らしていて素敵だった。持っていた髪飾りも輝いていた。
冬にしか見れない光景を見て私は白いため息をつく。こんなに綺麗な朝の光景を見るのは初めてだった。
縁側に腰をかけ庭園を見ていると、突然ぎゅっと後ろから抱きしめられ一瞬驚いてしまった。
私を抱きしめてきたのは刹那だった。起きたばかりなのか少し気怠そうだった。
「こら。勝手にいなくなるな」
「ふふ。ごめんなさい刹那。とても心地よさそうに眠ってたから起こしたくなかったの」
「俺の七海がいなくなる方が嫌だ」
まだ眠そうな顔で私を抱きしめてくれる刹那に愛おしさを感じる。背中に感じる刹那の体温に心地よさを感じながら彼の腕に手を添える。
とても清々しい朝を愛する人と迎えられることが本当に幸せだと改めて思う。
村の屋敷にいた頃は、刹那のことは誰にも言えなかったから彼と共に朝を迎えることができなかったから余計にそう感じてしまう。
「七海がいない世界を生きるなんてできない。七海は俺の全てなんだ。だからいなくならないでくれ」
「大丈夫。絶対に貴方の前からいなくならないわ。ずっと貴方の側にいる。刹那も私の前からいなくならないで」
私は刹那の方に顔を向け唇を重ねる。触れるだけのものから深いものへとゆっくりとお互いの愛を確かめ合う様に変化させてゆく。
血の様に赤い髪と翠玉の様な翠緑色の瞳と異能を持って生まれてきてよかったことなんて一度もなかったのに、刹那に出会い愛されたことがその考えを変えさせてくれた。
今はもうこの髪も瞳も異能を持って生まれてきたことを誇りに思う。
刹那は私の手の中にあった髪飾りを手に取り、私の髪にそった挿してくれた。あの屋敷での逢瀬の時と同じ様に愛おしそうに私を見つめながら。
「愛してるわ。刹那」
「七海。俺も愛してる」
朝日に照らされる百合の髪飾りの輝きは私達の幸せを祝福している様に見えた。
もう邪魔者なんかいない私達だけの幸せな時間。
私達は優しくも美しい冬の光に見守られながら愛し合うのだった。