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第四章 冬神の花嫁

立冬。ようやく秋が終わり、寒々しい白き冬が始まる。

秋の色をしていた葉は冬を運んでくる北風によって散り落ち何もない枯れたような木に変えてしまう。

邸宅の庭に植えられたまだ秋の名残を残す赤い紅葉と冬から春にかけて咲く赤い椿に雪化粧が意図せず施されてゆく。

ようやくこの日が来た。立冬の日が来るのをずっと待っていた。

理由はただ一つ。あの馬鹿共が住む屋敷から愛する七海を救い出し、冬神の花嫁として迎えられるからだ。

七海の外見は冬の巫女そのものなのに、馬鹿の一人が村に間違ったことを教えたらしかった。

赤い髪と翠緑の瞳は村に災いを引き寄せる証だと。瑠璃奈という馬鹿女から癒しの異能を奪い取ったのもそのせいなのだと。

使いの妖達に調べさせたが、はらわたが煮え繰り返る様な情報ばかりだった。

奴らは、自分達の欲のために七海達を陥れ、彼女らが住む家に火を放ち、彼女とその妹から全てを奪った。そして、姉妹を容赦なく引き裂いた。

七海の心と身体を容赦なく傷つけたアイツらに現実を突きつけられる絶好の機会でもあった。

ある夜の瑠璃奈という女に覗かれていた時の苛立ちは殺意を増幅させた。今すぐにでも俺たちを覗くその卑しい目を抉り取ってしまいたかったが七海のお陰で抑えることができた。

けれど次はもうない。


「刹那様。もう準備は整っております。早く七海様を迎えに行きましょうよ〜」


もちゆきは嬉しそうに尻尾を振りながら俺の出発を仲間の妖達と待っていた。

七海を見つけられたのはコイツのお陰だ。もちゆきも七海に懐いてくれているし、ここには彼女に助けられた妖も大勢いる。七海が冬の巫女だと話した時はとても喜んでいた。

きっと彼女もこの邸宅を気に入ってくれる筈だ。

準備が整い、早速七海が居る屋敷へ急いだ。




屋敷に着き、七海が居る部屋に向かおうとした時だった。

この屋敷の主人らしき女と召使い共が出迎えてきた。気持ち悪いほどニヤニヤした顔でこちらに近づく。


「貴方様が冬神様ですよね!!お待ちしておりました!!」


立冬の日に俺が来るのは七海しか知らない筈。

本来なら七海を連れてから馬鹿共に全ての真実を突きつけるつもりだったが、何故かこの馬鹿共に情報が漏れている。

まさか、瑠璃奈という女が七海に何かしたのではないか。胸騒ぎがする。


「……どうして俺が冬神と知っている。知っているのは七海だけだぞ?」

「我が娘である冬の巫女が予見されたのです!!ささ、それよりも早く貴方様の花嫁の元へ行ってあげてください。扉の向こうで待っておりますから!!」


まるで七海なんて女はこの屋敷にはいないという様な口振りに苛立ちを覚える。

ここにいる奴らは、今まで俺を騙そうとした輩と同じ顔で俺を見る。全員氷漬けにして粉々に砕いてやりたい。

主人が言う冬の巫女がとても七海とは思えない。嫌な予感を抱えたまま彼女の部屋の戸を勢いよく開けた。

そこには満月の光を背にした女が座って待っていた。

その女の髪は七海と同じ血のように赤い髪と翠緑色の瞳を持っている。俺はゆっくりと近付き女の顔を見た。


「お待ちしておりましたわ。冬神様…いえ、刹那様とお呼びした方がいいのかしら…?」


女の正体は七海ではなく、俺と七海の情事を覗いていた瑠璃奈という女だった。

しっかりと化粧をし、高価そうな着物を身に付け、頭には七海にあげた筈の氷の百合の髪飾りが挿さっている。

恍惚な表情で俺を見つめていて心底気持ちが悪かった。


「貴様…七海はどこだ?何故貴様がその髪飾りを持っている」

「七海?あぁ…お義姉様のことですか?さぁ?知りませんわ。あの人は自分が冬の巫女だと偽っておりましたから罰して差し上げましたの。この髪飾りも本当は私に贈られるべきものでしょう?」

「何?」

「可哀想な刹那様。お義姉様のせいで身体を穢されてしまった。でも、もう大丈夫ですわ。冬の巫女である(わたくし)が清めてあげますから」


瑠璃奈は当然の如く俺に触れようとする。

またも七海を陥れ俺から彼女を隠すだけでは飽き足らず姿と身分を偽って俺の花嫁とほざきやがった。この髪も目も全て仮初のもの。

髪飾りも七海の物だ。こんな低俗な女が持つべき物ではない。


「お義姉様は私からいろんなものを奪っていきました。この髪と瞳、そして、癒やしの異能でさえも…!!自分が冬の巫女だと偽って貴方に近づいた。でも、やっと取り戻せてようやく刹那様に…」


自分が偽っているくせに七海との逢瀬を穢れたものだともほざくこの女に慈悲なんていらない。

俺に見惚れる瑠璃奈の顎を力強く鷲掴んだ。瑠璃奈は驚いた表情を浮かべたがすぐに元に戻り勝ち誇った様な顔に戻った。


「七海はどこだ?」

「お義姉様?さぁ?今頃、罰を受けているに違いありませんわ。あんな女のことなんか放っておいて早く私を花嫁に…」


何を言っても無駄。こいつは口を割ろうとしない。

欲に飢え俺を手に入れようと迫ってくる。今まで俺に擦り寄ってきた女共と同じ。

瑠璃奈から手を離すと同時に波動を放ち壁に打ちつけてやった。

打ちつけられて痛がる瑠璃奈の髪を鷲掴んだ。整えられていた髪がボサボサに乱れ様と俺には関係ない。それ以上のことを七海にしたのだから。


「もう一度聞く。七海は何処だ?」

「うぅ…!!教えませんわ…!!だって、あんな化け物、貴方な様な神様には相応しくないもの!!」

「相応しいかどうかは俺が決めること。赤の他人の貴様らに決められる筋合いはない。それに、お前が最初から冬の巫女じゃないことはとっくに知っている」

「な…っ!」


七海と初めて会った後、密かに冬の巫女だと自称しているこの女のことを調べさせていた。

瑠璃奈は両親からずっと自分は冬の巫女だと仕立て上げられて育った。だが、肝心の赤い髪も翠緑色の瞳も異能もない彼女は冬の巫女でもなんでもないただの人間の女。

村に偽の情報を流し七海達を陥れ、七海が持つ異能をあたかも自分が授かったと騙し通していた。

自分が認められるべきなのだと、自分が神に愛されるべきなのだと歪んだ思想そうさせたのだろう。


「仮にお前が俺の花嫁だとしても、俺の七海を苦しませ続けた貴様にその資格はない。これは返してもらうぞ」


唖然とする瑠璃奈の頭から百合の髪飾りを抜く。


「だ、だめぇ!!!それは私のものよ!!」

「馬鹿を言うな。この髪飾りは七海のものだ」


慌てふためく瑠璃奈に七海の居場所を聞いてもはぐらかされるだけだろう。これ以上この女のために気力を消費したくない。

痛みで動けずにいる瑠璃奈を無視して部屋を出ようとすると瑠璃奈は歪んだ笑顔で俺に叫んだ。


「後悔しますよぉ?!!あの女はもう傷物なんですからぁ!!!」

「……それがどうした」

「あんな顔も身体も傷だらけの女を嫁に迎えるなんてどうかしてる!!!見た目も化け物同然なのに!!!他の四季神様達からなんて言われるか想像できるでしょ?!!さぁ!!刹那様!!!我儘を仰らないで早く私を…」

「選ばない。貴様の様な屑を花嫁に迎えるぐらいなら死んだ方がマシだ。もし、お前が花嫁に迎えられたらきっと四季が乱れるだろうな」


馬鹿の言葉を遮って馬鹿を否定し鼻で笑ってやった。悔しそうにこちらを睨みつけていたが七海を探す方が最優先だ。

慌てた様子の屋敷の主人である瑠璃奈の母親が"何故なのです?!"と詰め寄ってきたが軽く突き飛ばし構うことなく前へ進む。

それでも俺の進行を阻もうとする者に対して妖をけしかけたたり、波動や術を使ったりして蹴散らした。廊下は冷たい冷気と氷に覆われてゆく。

悲鳴と屋敷が破壊されてゆく音が交互に聞こえて耳障りだった。

すると、すると仲間の狼の妖・陽炎が急いだ様子で俺に近づいてきた。


「刹那様!!もちゆき先輩が七海様の居場所を見つけました!!俺がお連れします!!」

「本当か。陽炎。早速案内しろ」

「はっ!!」


陽炎と共に七海がいるであろう場所に急ぐ。

早く彼女に会いたい。俺と冬の巫女に執着していた瑠璃奈に何かされたかもしれない。

けれど、七海がどんな姿になろうとも関係ない。外見だけで愛する様ならばその想いはあまりにも脆い。

俺はどんなに姿を変えようと受け入れ愛し続けてゆく。

握っている百合の髪飾りが七海への想いの強さを加速させる。

同時に、奴らへの罰をどうやって下してやろうかとこの屋敷に住む奴ら全員への怒りが更に湧き上がらせていった。






瑠璃奈に切り刻まれた顔が痛い。術がかけられた帯を巻かれてしまっているから目の前はずっと暗闇のまま。

今日は確か立冬の日。刹那が私を迎えにくる日だった。

けれど、私は瑠璃奈に襲われて髪も瞳も異能を使う権利も全て彼女に奪われてしまった。

私はもう瑠璃奈が異能を使う為のただの道具となってしまった。

絵梨の命も彼女達の手の中にある。もう自由になる為の術がなくなってしまった。

そして、一番奪われたくなかったモノが今日奪われようとしている。


「刹那…!!!」


私を心の底から愛してくれた冬の神様。家族以外の人に愛される喜びを教えてくれた人。赤い髪と翠緑色の瞳を美しいと囁いてくれた人。

私を冬の巫女であることと花嫁として見つけてくれた人だ。

私を大事にしてくれる人が瑠璃奈に奪われてしまう。その光景を見ることになったら今度こそ耐えられないだろう。

悔しくて涙が溢れ帯を濡らす。

刹那と愛し合う姿を瑠璃奈は無理矢理見せつけてくるのは嫌でも想像できた。

帯から溢れた涙の雫が傷口を伝い鋭い痛みが顔面に走る。

静かで暗く寂しい場所。私は一生この中で過ごすのかと思うと気が遠くなった。

すると、突然、聞き覚えがある鳴き声が座敷牢に響き渡った。刹那と繋げてくれたあの可愛い子犬の声。


「七海さま?!七海様ですよね?!!」


悲しげに私に問いてきたのはもちゆきくんだった。


「もちゆきくん…?」

「嗚呼…!!七海様…!!その姿まさか…」

「言わないで。もうこの顔じゃ刹那の隣にはいられない。髪も染められて、目も見えなくなっちゃって、顔こんなに傷だらけにされて…」


悲観する私にもちゆきくんは必死呼びかける、


「そんな…!!お願いです!!七海様!諦めないで!もう少ししたら刹那様が来ます。あの人を信じてください…!!」


もちゆきくんの言葉を完全に信じれない自分がいて嫌になる。刹那を愛しているからこそ彼から拒絶されてしまうのが怖いのだ。

傷だらけの私を見て、私を襲おうとした男と同じことを言うのではないか。刹那の口からそんな台詞聞きたくない。耳を削いで何も聞こえない様にしてもらった方がよかったとさえ思ってしまう。

刹那に会いたい気持ちとこんな姿で彼に会いたくないと言う気持ちがせめぎ合う。

髪も黒く染められ、目を封じられてしまったこの姿を見られたくない。

やっぱり私は冬の巫女にも彼の花嫁にも相応しくない。傷だらけの身体が証明しているようなものだった。

もちゆきくんがここに来たということは彼もいるということ。もうすぐ私の元にやってくるともちゆきくんが言ってた。


(来ないで)


会うのが怖い。彼からの拒絶は彼から深い愛を受けた私には耐え難いこと。

会いたくない。でも、心の底で、会いたいせめて声だけでもいいという思いが残ってる。

ゆっくりと肌に冷気が当たるのを感じる。遂に見つかってしまった。


「七海!!!」

「せつ…な…」


愛しい人の声が耳に響く。必死な声。私を探していたのだと声だけで分かる。

この傷だらけの顔も見られてしまった。彼がどんな表情で私を見ているのか。何も見えないのが救いだった。

足音が近づく。

木の格子が壊される音がしたと思うと、刹那が力強く私を抱きしめてきた。


「刹那。私…」

「遅くなった。本当にごめん」

「……聞いて刹那。私はやっぱり冬の巫女にも貴方の花嫁にはなれない」

「七海?」

「私何もできなかった。貴方を守ることも、妹を守ることも、自分自身を守ることも何も…!!!」


目頭が熱くなる。声が震える。


「こんな傷だらけの私が貴方の隣にいたらきっと迷惑になる。貴方の足枷になりたくないの。だから、私のことを忘れて…貴方に相応しい人に…」


悲しさで声が詰まる。声の震えも増して思うように声が出ない。本心じゃないからそうさせているのかもしれない。

本当は刹那のそばにいたい。でも、彼の歩みを止めてしまう原因になるのも嫌だった。

すると、刹那の手が私の頬にそっと触れると私の額に口付けした。


「刹那…」

「俺にとって相応しい人は七海だ。お前以外の女を花嫁として迎えるつもりはない」

「でも…!!」

「七海に危害を加えた様な奴らこそ俺の枷だ。七海は俺に人を愛することを教えてくれた強い人。心の底から人を恋しいと教えてくれた素晴らしい女性(ひと)


何も見えなくても分かる。刹那の表情は私が大好きなあの優しい笑顔。


「俺は顔に傷があるだけで捨てる様な馬鹿とは違う。俺は外見でお前を選んだんじゃない。神がお前を冬の巫女として選んだからでもない。七海じゃなきゃ駄目なんだよ」

「私…?」

「七海はどんな人にも手を差し伸べ助け続けた。もちゆきの事とかがまさにそれだろ?七海は冬神としての俺ではなく、霧生刹那として受け入れてくれた。だから、外見がどうあろうと俺は七海を諦めないし、一生離すつもりはない」


後悔する。私を花嫁に選んでしまったら。奇妙な見た目と異能しか持たない私には勿体なさ過ぎる。

でも、彼の手を払い除けることなんてできなかった。

刹那は術がかけられた帯が巻かれた目元にそっと口付けをした。すると、外れなかった帯がゆっくりと顔から落ちていった。

そっと目を開けると目の前に愛する人のあの笑顔が飛び込んできた。

視界が溢れてゆく涙で歪んでゆく。もう一度彼の優しい微笑みが見れただけで幸せだった。溢れ出る涙を刹那の手がそっと拭う。


「顔の傷、あの女にやられたのか」


私はゆっくりと首を縦に振った。

切り傷まみれの頰を刹那は慎重に触れる。もう痛みはなかった。伝わってくるのは刹那の冷たい手の温度だけ。


「多分、痕が残ると思う。これじゃ花嫁として台無しね」

「そんなことない。さっきも言っただろ?俺の花嫁は七海じゃなきゃ駄目だって」

「でも…」

「それにこの傷もすぐに癒える。痕なんか残すものか」


刹那はそう言うと、瑠璃奈に奪われていた百合の髪飾りを着物の袂から取り出しその髪飾りを私の髪に挿した。

途端、髪飾りが挿された場所から色が黒から元の赤い色に戻ってゆく。


「七海。見てみろ」


刹那が作った氷の手鏡を受け取り自分の顔を見ると、鏡に映る自分の顔に瑠璃奈に刻まれた無数の傷が跡形もなく消えていたのだ。

信じられず恐る恐る自分の頰に触れて傷がなくなっていることをようやく実感したのだ。

感激のあまり、私は刹那の胸に飛び込んだ。刹那は私を受け止め優しくも強く抱きしめてくれた。


「ありがとう…ありがとう刹那…」

「愛する人を助けるのは当然のことだろ?」


刹那の手が泣きじゃくる私の頭を撫でる。今まで過ごしてきた地獄の日々が報われてゆく気さえした。

本当にこの人は私を愛しているのだ。何者でもない私を心の底から愛してくれている。

助けてもらった上にこれ以上待たせてしまっては失礼だ。

私もこの人を離したくない。冬神ではなく霧生刹那を私の元から手放すなんてもうできない。

私は彼の花嫁になるのだから。冬の巫女としてではなく、杠葉七海として。


「七海。俺の妻になってくれないか?」


もう答えは決まっている。私は涙を拭い笑顔を浮かべる、


「はい。貴方の妻になりたいです。ずっと貴方の側に居させてください」


私の返事を聞いた刹那は嬉しそうに微笑みもう一度ぎゅっと強く抱きしめた。

私は両手を刹那の頰に添えて目を瞑り顔を近づけ彼の唇に自分の唇を重ねた。刹那も愛おしそうに私を見つめながら目を瞑り口付けを受け入れた。

こんなに迷いのない愛おしいと思う口付けは初めてだ。本当に幸せで優しい時間。

ずっとこの時間が続いてほしいと願った時だった。


「どうしてアンタなのよ!!!!返しなさいよ!!!!」


つんざくような金切り声を上げて叫ぶ瑠璃奈が幸せな時間を打ち破ったのだ。


息荒く顔を真っ赤にして私達を見る瑠璃奈の手には薙刀が握られていた。

その姿を見たもちゆきくんが瑠璃奈に激しく威嚇していた。いつもの可愛いもちゆきくんの面影はどこかに行ってしまったのかと思える程怒りに震えている。

瑠璃奈の登場に苛立ったのか舌打ちをした刹那は、憤怒する彼女の姿に唖然とする私を守る様に抱きしめてくれた。


「なんでアンタなのよ!!化け物のアンタが刹那様の花嫁にどうして選ばれるのよ!!!冬の巫女は私でしょ?!!!化け物!!女狐!!!泥棒猫!!!!そんなに私から全てを奪うのが楽しい?!!!」

「瑠璃奈…」

「馬鹿馬鹿しい。言いたいことはそれだけか?よくも俺の妻を侮辱してくれたな。本当救いようがない」

「違います刹那様!!!貴方は間違ってる!!貴方の妻になるのはこの私!!この女ではありません!!この女は私から全てを奪い冬の巫女だと偽って貴方に近付いた罪人!!ほら!!私のこの髪と目は冬の巫女の証でしょう?」


刹那は分かりきった様に鼻で笑う。瑠璃奈の怒りにも全く動じていなかった。


「どこまでもクズだな。さっき仮初だと言っただろうに。本当に愚かな女だ」

「っ…!!刹那様は騙されてる!!この女に!!早く目を覚ましてください!!その女の髪に挿さってる髪飾りも本当は私の物のなのに…!!よくも、よくも、よくも…!!!!刹那様どいてください!!早くこの女を殺さないとぉ…」

「瑠璃奈、やめて!!!」

「全部アンタのせいよ!!!早く死んで刹那様を返せ!!!!返せぇーー!!!!」


持っていた薙刀を両手に構え、私に向かって突進してきた。

私は恐怖のあまりぎゅっと目を瞑る。

薙刀の刃が振り下ろされようとした瞬間、刹那様の瞳が赤くなった。

刃が素早く凍ってゆき、刹那が手を払うと粉々に砕け散ってしまった。ガラスの様に割れた刃が床に散らばる。

割れた刃が瑠璃奈の顔を傷つける、

棒と化した薙刀もメキメキと音を立てながら瑠璃奈の手の中で砕けた。


「ひぃ…そ、そんなぁ…!!嘘でしょ…?!!顔痛い…!!なんで?なんでよぉ?!」


刹那が操る冬の術によって武器を失った瑠璃奈の前に冬神が立ちはだかる。

大切なものを貶された神の怒り。刹那の赤い目にその怒りが宿る。


「自分があたかも冬の巫女であると偽り、真の冬の巫女であり冬神の花嫁を傷付けようとしたな」

「あ…あぁ…!!!違うの…私こそ…」

「そして、杠葉七海を陥れる為に彼女の家族を焼き殺した。幸せな姿を貶す為に。身勝手過ぎる思想の為に」


瑠璃奈が犯してきた罪が冬神としての刹那によって突きつけられてゆく。瑠璃奈は恐怖に顔を歪めながら尻餅を付きゆっくりと後ずさる。


「七海の妹を愚か者共に売り飛ばすと脅しここに留めさせた。冬の巫女しか持たない癒しの異能を利用する為に道具として…」

「い、いやぁ…!!待って、お願い話を聞いて…!!」

「聞きたくない。貴様を許さない。七海が許しても冬神である我は許すことはない」


すると、刹那は左手をもちゆきくんに翳した途端、彼のころころとした身体が凛々しい白い狼の姿へと変貌した。

すぐにでも瑠璃奈に襲い掛かれてしまうだろう。刹那は静かにもちゆきくんに命令を下す。


「"寒月(かんげつ)"。我の妻を殺そうとしたこの女から美貌と若さを奪え。輪廻の鎖も噛み砕け」

『御意』


もちゆきくんは寒月という名の狼となり、刹那の命令を聞き入れた途端、素早く瑠璃奈に迫った。悲鳴を上げる彼女に容赦なく噛みつく。

けれど、噛み付かれたものの瑠璃奈の身体に傷一つない。


「刹那、これは…?瑠璃奈はどうなったの…?」

「見ていろ。四季神を欺き続けた者の末路だ」


命令を遂行した寒月が私を安心させる様に足元にそっと寄り添う。

心配そうに瑠璃奈を見守っていると、咬み傷も血も流れていなかった筈の彼女の身体に異変が起こり始めた。


「あ……?え…?なんでぇ…?」


染めていた赤い髪は真っ白な白髪に変わり、ハリのあった肌は深い皺とシミ、生え揃っていた筈の歯が抜け落ち床に散らばる。綺麗に整えられていた筈の爪も霞んだ色となりボロボロに砕けてゆく。ハキハキしていた声も老人の様なしわがれたものとなっていた。

背骨が曲がり、さっきまでの美しい瑠璃奈の姿は見る影も無かった。

痩せ細った彼女の懐から落ちた手鏡に映る自分の姿に瑠璃奈は絶叫した。


「いやぁ!!いやぁ!!こんなの私じゃないぃ!!」

「現実だ。冬神は植物を寒き冬を越す為にわざと枯らし耐えさせることができる。だが、お前の場合はその逆。枯らした後は堕ちるだけ。輪廻の鎖も噛み砕いたから死んでも生まれ変わることはない」

「そんなぁ!!いやよぉ!!助けて!!元に戻してぇ!!」

「もう戻れない。お前は誰にも愛されず醜い老婆のまま死んでゆくんだ。誰からも忘れられて惨めにな」


絶望に打ちひしがれる瑠璃奈に構うことなく刹那は冷たくそう告げた。

老婆となった瑠璃奈に対し可哀想だなんて思えなかった。溜飲が下がったと言ってもいい。

やっと瑠璃奈から解放された。そして、父さんと母さんの仇を討てた。絵梨を救えた。

ほっとして目から一筋の涙が落ちる。

終わった。まだ全て解決したわけではないけれど。

入口の方から瑠璃奈の絶叫を聞きつけた叔母と使用人達が慌てた様にやったきた。


「瑠璃奈!!!」

「瑠璃奈お嬢様!!!」

「遅かったじゃねーか。お前らの大事な瑠璃奈お嬢様はここにいる」


刹那が指を差した先に発狂する老いた老婆。叔母は嘘だと叫ぶも、老婆が身につけていた着物と彼女が持っていた手鏡を見てあれが自分の娘だと知った。

叔母は年老いた瑠璃奈に駆け寄り、変わり果てた娘の姿に絶望し嘆いた。


「そんな…瑠璃奈がぁ…私の可愛い瑠璃奈がぁ…」

「お前は娘の愚行を許し、村に出鱈目を流した。お前を何も実らない極寒の地に送る。その婆さんと慎ましく暮らすといい。寒月」

「はっ」

「え?何を…!!」


悲しみに暮れる余裕も与えることなく、寒月が鋭い爪を親子に振り下ろした。瑠璃奈の時と同じで怪我はなかったが、親子の姿が消えて無くなってしまった。

刹那曰く、瑠璃奈達を極寒の地へと送ったのだそう。

これも寒月になったもちゆきくんの能力の一つだそうだ。

周りにいた使用人達が怖気付き悲鳴を上げながら逃げて行ったが刹那は許さなかった。

屋敷は氷に覆われてゆき、逃げ惑っていた者は氷漬けとなった。瑠璃奈の侍女達も逃げようとしていたけれど彼女らも逃げきれず凍って砕けた者もいた。

苦しい思い出しかない屋敷は冬神の逆鱗に触れた結果、氷に飲まれ栄光を誇っていた頃の輝きは朽ちた。

変わり果てた屋敷を一目見た後、刹那と寒月から戻ったもちゆきくんと共に村を後にした。

瑠璃奈と村のことは片付いたがまだ気がかりなことがある。私の大事な妹の事。


「行こう七海。もうここにいる理由はないだろう?」

「ええ。でも、絵梨が…」

「妹のことか?彼女のことは心配するな。絵梨はある男に守られてる」

「え?どうゆうこと?」

「俺の屋敷に帰ったら話す。それまで待っててくれ」


まさか刹那の口から絵梨の無事を知るとは思わなかった。

安堵したが、一体どんな人が絵梨を助けてくれたのだろう。

素敵な人なら良いなと願いながら私は刹那に身を預けた。



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