第零話 花嫁探し
それぞれの四季には4人の神がある。人々は彼等を四季神と呼ぶ。
春神は桜と共に新たな風を、夏神は暑さと共に生きる活力を与え、秋神は実りの喜びを運んでくる。
そして、冬神は凍てつく氷と雪で人々に試練を与え四季の均衡を守っている。
四季神には傍らには必ず巫女がいる。選ばれた巫女は花嫁として迎え入れられる。
その巫女のみが持つ異能で四季神を支え、お互いに慕い合う運命にあるからだ。
春神と夏神と秋神にはもう既に巫女が傍らにいるのだが、冬神だけまだ自身の巫女を見つけられないままだった。
式神と配下である妖達を使って巫女を探すも発見には至っていない。
冬神が探している巫女は、癒しの異能を授かり、赤い髪を生やし、翠玉の様な翠緑色の瞳を持っているという。
巫女が見つからないまま季節は過ぎてゆく。
そんなある日、1匹の子犬の式神の身に起きた事がきっかけで遂に転機が訪れたのだ。
その式神は人間に襲われ怪我を負って動けなくなったところをとても美しい女に助けられたというのだ。
その女は、巫女にしか使えない筈の異能で傷を癒してくれたのいうのだ。女の見た目も、ずっと冬神が探してきた赤髪と翠緑の瞳を持っていたのだ。
式神は嘘をつけない。事実しか話せない。
冬神はようやく見つけ出した冬の巫女の元へ式神と共に急ぐ。
満月の晩の日。
式神の案内された場所はとても巫女が住んでいる様な場所ではない牢屋の様な寂しく寒々とした暗い部屋だった。
まるで、奴隷か道具を飼い慣らしている様な雰囲気の中に確かにいたのだ。
陰でよく見えないが長い髪を垂らした女の姿が1人。手には灯りの様なものを持っている様だ。
子犬の式神が嬉しそうに女の足元に近づく。
「あれ?あの時のわんちゃん?もう、何処から入ってきたわけ?」
子犬に気が付いた女は腰を下ろし嬉しそうに抱き上げようとした瞬間だった。
「っ…?!待って?!誰かいるの…?」
こちらの気配を感じたのか立ち上がり身構える女の姿が冬神の目に飛び込んできた。
ゆっくりと月の影から近づいて来たその女は、血の様に赤い髪と翠玉によく似た翠緑色の瞳を持っていた。
可憐なその顔に誰かに殴られた様な痛々しい赤い痕がある。
冬神はそんな彼女を一目見た途端、胸を射抜かれてしまった。
女は護身用の短刀を構えて、もう片方の左手には手持ちの燭台を持って辺りを照らしながら冬神に近づく。恐怖を感じつつも果敢に挑もうとしている姿勢だった。
淡い燭台の蝋燭の火の灯りで照らされる美しい冬神の顔と灰青色の瞳に目を奪われていた。
「あの、貴方は…」
「やっと見つけた」
「え…?」
「お前が冬の巫女…否、俺の花嫁だったんだな」
冬神の突然の言葉に驚く女に冬神は勢いよく抱きつく。ガタンと短刀と燭台を落としてしまうも、燭台の火は燃え広がることなく氷づいた。
冬神の姿は失くしていた大事な物をようやく見つける事ができた子供の様に見えた。
冬神は女の赤髪を愛おしそうに撫でる。
状況が掴めない女は冬神の腕の中で慌てふためいていた。
「ま、待って、私が貴方の花嫁ってなんなのよ?!それより貴方は誰なの?」
「……刹那」
冬神は自らの名を静かに応えた。
「刹那…?」
「そう。霧生刹那。それが俺の名前」
刹那は、自分が何者であるかと証明として氷で出来た一輪の百合の花の髪飾りを女の赤い髪に挿した。
硝子の様に月の光で輝く髪飾りはとても女に似合っていて刹那は満足げに微笑んだ。
彼の綺麗な微笑みに胸が弾む思いをした女は恥ずかしさで思わず目を逸らした。
「四季神の1人、冬神だと言っておこうか。この髪飾りを見て分かっただろ?冬の巫女であるお前を迎えに来た」
「私が冬の巫女…?違うでしょ?巫女は瑠璃奈の筈。私はただの…」
この先の言葉が上手く出ない。まるで認めてしまっている様に感じてしまうからだろう。
七海は子犬の式神に施した異能を誰かに利用されている。しかも、七海の意思を無視して自分の欲のためだけに。
彼女の頰が誰かに殴られた赤い痕もそこに原因があるのだろうと刹那は感じた。
(お前しかありえないのに)
怒りを覚えつつも刹那はその先の言葉の意味を悟りわざと別の話題へと移る。
それはまだ聞いていなかった肝心な事。
「お前、名は?」
「え?名前?杠葉…七海…」
「杠葉七海。良い名だ。じゃあ七海でいいな?俺のことは刹那と呼んで欲しい」
「で、でも、貴方神様でしょ?呼び捨てなんて…」
刹那は意地悪そうに微笑えんだ。
式神の子犬にそろそろ屋敷を出なければ気付かれてしまうと促され、別れを惜しむ様に冷気を漂わせ始めた。冷気と共に小さな雪の結晶が舞う。
「俺の花嫁になるんだ。おかしくないだろ?もうすぐ立冬が来る。その時が来たら必ずお前を必ずここから連れ出すからな」
「だ、だから、私は冬の巫女じゃないわ!!貴方の花嫁になれる訳がない!!私にはこんな髪と眼しかないの!!だから私にはそんな資格なんてないのよ…!!」
「大丈夫。俺が分からせる。お前が本当の冬の巫女であることも。薄情者共がお前を蔑ろにしてきた愚かさも全部な」
「待って!刹那様!!」
まだ話が終わっていないと慌てて刹那に近付こうとする七海の腕を掴みこちらに引き寄せる。
七海の頰を触れたと同時に彼女の唇に自らの唇を重ね合わせた。
突然口付けをされたことで七海は顔がみるみると赤くなり熱くなるのを感じていた。ゆっくりと七海の唇から名残惜しそうに離れる。
「次会う時は様付けするな。刹那でいい。またな。七海。俺の花嫁」
刹那に口付けをされえ呆然としたまま動けなくなっていた七海は、さっきまで起きていたことは全て夢だったのではないのかと疑うも、頭に刺さっていた溶けない氷で出来た百合の髪飾りの存在が全て現実で起きたことだと証明してくれた。
雪の結晶と共に消えた刹那を見て、彼は人間ではなく本当に冬神なのだとも思い知らされたのだ。
(どうして私を冬の巫女って決めつけるの?私は本当に何もないのに)
今まで、見た目のせいで蔑まされてきた彼女は刹那の求愛をまだ信じる事ができなかった。
この地獄の様な環境で戦おうともせず、愛する妹を守る為に逃げられない弱い自分が彼の花嫁になって良いわけがないと言い聞かせる。
けれど、刹那に口付けを交わしたことに何処か満更でもない様子で唇にをそっと弄る七海の姿がそこにあった。
あんなに愛おしそうに血の様に赤い髪の毛を撫で、翠玉の様な翠緑色の瞳を見つめてくれたのは血の繋がった家族以外で彼が初めてだった。
異性に愛された事が無い七海は戸惑いを見せたが悪い気はしなかった。
あんなに美しい神様を見たのも初めてだった。
だから余計に感じてしまう。本当に彼の言う通り自分が冬の巫女で刹那の花嫁である疑問が。
不安を抱えつつも、地獄の様な日々の中で少しだけ光が差した思いをした七海は百合の花の髪飾り大事そうに触れるのだった。
これが彼女が持つ異能によって助けられた子犬の式神により齎された冬神と冬の巫女の最初の出会い。全ての始まりだった。
刹那が立冬の日まで待ちきれず、新月の日にだけ七海に会いに来る様になるなんてこの時の彼女は知る由もなかった。
七海を見下し奪い続けている愚者の魔の手が伸びつつあることも。