カレンダーの予定が思い出せない。
※なろうラジオ大賞投稿作品のため、1000字の超短編です。
※どんな話でも大丈夫な方向けです。
カレンダーに書かれた11時の予定が思い出せない。
妻の楓なら知っているだろうが、現在長い喧嘩中である。会話が成立しなくなってから一ヶ月以上経過している。11月1日から突如として始まった妻の無言は、本日12月19日に至っても一向に解決の目処が立っていない。楓に聞いても返事は返ってこないだろう。
責めるつもりはない。楓の気持ちはわかる。働き盛りの夫が突然仕事に行かなくなったら、嘆きたくもなるだろう。毎晩「どうして」と泣かれている。しかし俺にも原因はわからない。ただひたすらに動けないのだ。
楓はそんな夫を直視したくないのだろう。日中は食事と水を置くとき以外は俺を見ないようにしている。しかし今日は違った。朝から何度も楓の視線を感じる。きっとあのカレンダーに書かれた予定だ。家族三人で出かけるはずなんだろう。事実、今日は娘の葵の保育園も休ませたらしい。
俺は水を飲みながら考えた。そっけない黒のマジックペンで『11時』と書かれたそれは、あまり楽しい予定ではなさそうだ。だから俺は忘れてしまったんだろうか? 思い出したくなくて? それとも単に寝過ぎてぼんやりしているだけか? 寝過ぎると頭が働かないという定説は本当だ。俺は最近では記憶も怪しくなっている。
考え込む俺の目の前で、葵がコートを着たくないとぐずっていた。お気に入りのベージュのコートじゃないのが嫌なのだろう。でも、ママとお揃いのその黒のコートも似合っていていいと思うぞ。
俺がぼけっと見ている前で、楓が懸命に葵を宥めすかしてコートを着せていた。おお、黒だと大人っぽい。葵がお嫁に行く日を考えただけで泣きそうだ。
不意に楓は俺を見た。楓はひどく疲れた顔をしていて、口を開きかけてはやめてしまう。
楓はこちらへ歩いてくると、俺の隣にあった重そうな箱を持ち上げた。一瞬、俺もつられて立ちそうになったが必死で踏ん張った。嫌だ、俺は行かないぞ。ここにいるんだ。動きたくない。
二人が家を出て行く。玄関ドアの閉まる音がする。
俺は足がないから追いつけない。
ごめんな、楓。
だんだん眠くなってくる。
俺は、俺のすぐ隣に置かれた写真立てをぼんやり眺めた。俺が笑っている写真だ。俺一人だけのピン写真である。何だか気恥ずかしい。どうせ飾るなら家族写真のほうがいいだろうに。
写真立ての隣には花瓶と、俺のための食事が用意されている。
あぁ、思い出せない。
カレンダーの11時は何の予定だっただろうか。