残虐皇室の皇女は執着される。
とある帝国の後宮にて
「やめろぉ!!!」
「殺さないで!!!」
聞き覚えのある兄や弟、妹の叫び声と命乞い、侍女の泣き声、様々な悲惨な声がそこかしこで聞こえてくる。
自分の震える体を抑えるように縮こまり、後宮にいる人間を殺戮している者から見つからないようにドレスが多く入っているクローゼットに隠れる。
ここに私を隠した皇室の忠実なる騎士は、殺戮をしている反逆者を倒すために部屋を出ていった。
彼は強いが、きっとこの惨状では無事ではないだろう。
私は今までこの皇室が民に向けてやってきた残虐で横暴な統治の報いを受ける時が来たのだと思った。
兄であり、皇太子であるアンリは無理やり貴族令嬢を襲うようなことをしたり、自分になびかない気に入らない女には小汚い暴漢を差し向け心も体も壊すようなことをやっていた。
貞操観念が緩く、どこか頭のネジが外れた兄は、実の妹までも手に付けようとする恐ろしい兄であった。
妹のシータは自分より美しい娘がいることを許せず、お茶会やパーティでいじめたおし、無理やり髪の毛を切ったり、足の腱を切ったりしていた。それに飽き足らず、気に入った男を奴隷にし、監禁するということをしている残虐な女である。
弟のアリエルは、まだ10歳と幼いのに気に入らない男を闘技場に入れ殺し合わせるというようなことを娯楽にしていた。日常に刺激がないからと侍女や兄の妻であるリオーネの食事に毒を入れるような少年である。
そして私は、この兄弟と同じく苛烈な性格をしていると自覚はしているが、それを表に出さずに都合の良いように使う女だ。ほかの兄弟よりはマシであると思っているが、貴族や民からは同じようなものだと思われているだろう。
リオーネ、兄アンリの妻、皇太子妃のリオーネはこの帝国の宰相を多く輩出するドラグラマ公爵家の娘だ。
私より2つ年下で21歳。3年ほど前に皇太子妃としてこの後宮に入ってきた女。
金色の生糸のように細くてまっすぐとした髪に翡翠色の瞳、この国で一番美しいと思っていた私よりも美しい物静かな娘であった。
私はこの女にひどく嫉妬した。自分より美しい娘がいることが許せなかった。しかし、直接手を下すことはせず、妹や弟をたきつけいじめさせ、私はそれを慰め仲良くし、公爵家が私に良い利益をもたらすように誘導した。
いじめられているところを見て満足し、うわべで仲良くなるだけで公爵家の支持が兄ではなく私に来るようにすることで、莫迦な兄に代わって皇帝になろうと画策していた。
(それも水の泡。)
リオーネ改め、エミリオ・ドラグラマ。
ドラグラマ公爵家の嫡男である20歳。リオーネの弟である。
彼は恐ろしいことに、姉リオーネのふりをして兄に嫁ぎ、皇室を滅亡させることを今か今かと待っていたのだ。
「一向に声を出さないと思った。それに女性にしては背もものすごく高くて。」
背の高いリオーネに、華奢な見た目が好きな兄は食指が動かず冷遇されていた。
ドレスを頭にかぶり、部屋の外から聞こえる走り回る音と叫び声に耳をすませ、この惨状を作ったリオーネ改め
エミリオとそれに加担するほかの騎士たちの足音が近くにないか警戒する。
(兄や妹、弟を殺害し、皇帝や皇后までも殺す。私の首はまだないから躍起になって探すはず。)
落ち着くまでここに隠れ、どうにかこの宮殿から逃げ出し隣国まで行く。
そこからはどうするかはわからないが、今はとにかく生き延びなければいけない。
震えと緊張を抑えつつ、呼吸音がばれないよう息をひそめてどのくらいたっただろうか。
精神的にも身体的にも疲労がたまり、いつの間にかうとうとしていた。
気づくと辺りは何もなかったかのように、いやそれ以上に静かで人気がない。
(おわったの······?)
私はかぶっていたドレスから恐る恐る顔を出しクローゼットの戸に近づく。
戸をそっと押すとキィ、と音が鳴り光が入ってくる。
戸の隙間から可能な限り部屋をみると誰もおらず血もないきれいな部屋。
ほっと息をつくと、あまり音を立てないようそっとクローゼットを出た。
クローゼットの中は少し息苦しかったためようやく新鮮な空気を吸えている心地がする。
目をつぶり深呼吸をすると、ここから逃げなければと外の状況把握をするため窓に向かおうとした。
一歩踏み出そうとする足がぴたりととまり、唖然と真正面を見る。
「ゆっくりお休みできましたか。」
大きな窓の前、クイーンサイズのベットに、短くなり色の変わった銀色の髪に翡翠色の瞳、今回の革命の反逆者エミリオが座っていた。
ばれていないと思っていた。
それにこの部屋に誰かが入ってきた気配は一切なかった。
「いつからここに·······。」
ひきつる喉で無理やり声をだす。
身体が恐怖で震え始める。
エミリオの腰に掲げた剣を見て、自分の死期が近いことを感じ震えでうまく立てず腰を抜かす。
「私は初めからこの部屋にいました。革命が終わり、あなたが出てくるのを待っていたんです。」
エミリオはふっと笑うとこちらに近づいてくる。
私の目の前にやってくると目線を合わせるようにしゃがみ込み目を合わせる。
「この腐った皇室で唯一残虐なことをせず、私に上辺でも優しくしてくださった美しい皇女様は殺さず鳥かごに閉じ込めて愛でて差し上げます。」
死刑宣告されるよりも残酷な、死ぬよりつらいことがこれから起こるのだと察し、絶望に涙が流れる。
エミリオはそんな私の顔を嬉しそうに眺めると、頬に手を添え口づけを落とす。
「名前だけの皇妃として、使わせていただきます。」
絶望と疲労で気を失ってしまった私を彼は抱き上げ部屋を出た。
夢を見た。
まだ私が苛烈な性格がひどくなる前の幼いころの懐かしい記憶。
皇室で開かれたお茶会に飽きてしまった私は、主役にもかかわらず庭園に逃げたのだ。
迷路のような庭園の歩いていると、美しい少年がしゃがみ込んでいるのを見つけたのだ。
膝を抱え、涙を流している少年の翡翠色の瞳がきれいで気になり声をかけたのだ。
どうしたのか聞く私にその少年は、好きな人がほかの人に囲まれているのが嫌だったから逃げた、と答えたのだ。
頬を赤らめくだらないことをいう少年に呆れため息をつく。
そしてこういったのだ。
好きであるならほかの者に取られないように手段を選ばず自分のモノにしてしまえばいいのよ、と。
こちらを見上げる銀色の髪をなでてえやると、彼はその手を取り握りしめた。
次第に覚醒していく。
夢から覚めるみたいだ。
そういえばこの子どもの名前は何だったかしら。
どこか誰かに似ているような。
目を覚ますと知らない天井が見えた。
ここはどこなのか、今自分はどのような状況にいるのか部屋を見渡し把握する。
おそらく皇宮、皇帝の寝所にいる、と予想する。
外に出ようと思っても、扉や窓には厳重に鍵がかかっている。
そして自分は何故か薄いネグリジェを身にまとっており、きれいにされていた。
今は何時ごろなのだろうか。辺りは暗く、夜だという以外は何もわからない。
エミリオが率いる騎士が乗り込んできたのは夕暮れ前であったと記憶している。
少なくとも一日は経っているはず。
喉に渇きを覚え、水差しから水を飲もうとするが、手が震えてうまく持てず水差しを落としてしまった。
大きな音を立てて落ちた水差しの音が聞こえたのか、寝室の入口とはまた別の、皇帝の執務室に続く少し小さな扉が開かれた。
扉からエミリオが顔をだし、部屋に入ってきた。
「目を覚ましてよかったです、シシィ。あなたは丸3日も寝ていて起きなかったんですよ。」
彼はそういうとベルを鳴らし、侍女を呼ぶと新しい水差しを持ってくるよう指示をだす。
彼は私に近づくとむき出しになった私の肩を撫でる。
その感触にピクリと体が動く。
「旧皇室派がシシィを出せとうるさくて。シシィを筆頭に戦争をするつもりなのでしょう。」
彼はそういうと撫でる手を止め私の背中に手を回し抱きしめる。
「旧皇室派を黙らせるためにも、私とあなたは結婚します。ですが・・・。」
背中にあった手が背筋をなぞるように腰まで流れる。
その触り方にぞくりと不思議な感覚がする。
「愛しています、シシィ。幼いころからずっと手に入れたかった。ようやく手に入れました。」
肩に凭れる銀色の髪に、夢で見た少年が頭をちらつく。
もしあの少年がこの人であったら、あのときの私の言葉をきいてこのようなことをしたのか。
「あなた、もしかして······、このために皆を殺したの·······?」
私は震える手でエミリオの肩を押す。
身体が離れエミリオの顔をみると、何もうつさない瞳に口元には笑顔。
そのちぐはぐな表情に顔が引きつる。
「それだけではないです、この皇室は腐っていたので。ただ、メインの理由はあなたを手に入れるというのは間違いないです。」
彼はそういうと私の肩に手を置く。
「私たち二人で新たな帝国を作っていきましょう。」
あのとき、何も考えずいった言葉がこのような事態を招いてしまった。
遅かれ早かれ皇室が滅んでいたとしても、私一人が生き残り、このような男にとらえられることはなかった。
私の頬に涙が流れ、力の入っていた体はだらりと力を失った。