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マヤの秘策

「それで、私にジョン王子を魔人化しろというのか?」


 エメリンの部屋からジョン王子とクロエを連れ出した後、マヤは家族とのお出かけから帰ってきていたマッシュを訪ねていた。


 かつてはマヤと同じ客間に住んでいたマッシュだが、今では家族と一緒に小さな家に住んでいる。


 その家の前の庭で、マヤは栗色の子ウサギを膝の上の乗せて撫でながらマッシュと話していた。


「うん、どうかな、できたりしない?」


「突然そんなことを言われてもな……そもそも魔人化は魔王ベルフェゴール独自の技術で、普通の魔物師が扱えるものではない」


「あれ、そうなんだ」


「まったく、お前はもう少し魔物のことを勉強しろ。時間があるときに図書館に行ってこい」


「はーい」


 マヤは村が平和になってから何度もマッシュに言われているセリフに飽き飽きしながら、適当な返事をする。


「マヤさん、自分の提案で図書館を作った割にはほとんど使ってませんよね」


「なんだと? 私にも賠償として建設費用やら書籍の購入代金やらを負担させておいて、まさか当のマヤ自身が使っていないのか?」


 呆れたオリガと怒ったジョン王子の視線に、マヤは思わず明後日の方向を向く。


「だって、本読んでると眠くなっちゃうし……」


「マヤさん、字読めるのに、読まないの、もったいない」


「うぅ、カーサまで……わかったよ、今度図書館行って勉強するからっ」


「今度ではだめだ。今日このあと行ってこい」


「ちょ、マッシュ厳しくない!?」


「厳しくなるのも仕方ないですよ。ふふふ、この人、子供の為なら鬼になりますからね」


 マッシュの後ろから、1羽の白いうさぎが姿を表す。


 マッシュの妻で、マヤが今抱っこしているマロンという子ウサギの母親だ。


「マッシュが子供ためなら何でもするのは知ってるけど、どうしてそれが私に図書館に行かせることになるの?」


「マヤさんは私たち家族の恩人ですからね、子供達もマヤさんに懐いています。今だってマロンなんか安心してマヤさんの膝の上で寝てしまっているくらいですし」


 マヤが目を落とすと、確かに膝の上でマロンは眠っていた。


「子供は近くの大人を真似するものです。マヤさんが全く勉強しないと、子供達もそれを真似してしまうかもしれません」


「そういうことだ。魔物師になるには勉強することが不可欠。こいつらもいつかは勉強しなくてはならん」


「はあ、そういうことならわかったよ。今日このあと図書館で勉強してくる……あーあ、もう勉強しないでいいと思ってたのになー」


 高校受験、大学受験、就職活動、ありとあらゆる場面で勉強しないといけない世界から、ひょんなことから異世界に来て勉強しなくて良くなったと思っていたのが、結局ここでも勉強はしないといけないらしかった。


(どうせなら文字が読めなければよかったのに……いや、それだと言葉から勉強しないとだからもっと大変か)


 溜息をつくマヤの膝に、マッシュが前足をポンとおいてくる。


「……なんだ、その……わからないことがあれば教えてやる」


 少し恥ずかしそうに言ったマッシュを、マヤは思わず撫で回していた。


「マッシュ! 今の可愛すぎない!? ツンデレ!? ツンデレなんだねマッシュ?」


 マッシュを撫で回しながらブランを見ると、ブランもうんうんと頷いていた。


 言葉にしなくても、うちの旦那のそういうこところが意外と可愛らしくて好き、という思いがマヤにも伝わってくる。


「おい! やめっ、やめんか! ブラン!? おい! 頷いてないで止めんか! おいっ!」


 その後、マッシュはしばらくマヤに撫で回され、マヤが満足したことでようやく開放された。


「はあはあはあ、まったく、なんだというのだ、いったい……」


「いやー、ごめんごめん、マッシュが可愛すぎて、つい、ねえ?」


「ええ、あなたが可愛過ぎるのがいけないのですよ?」


「なぜブランはマヤの味方なのだ……まあいい、それでジョン王子の魔人化の話だがな」


「そうだった、マッシュのせいで忘れるところだったよ」


「お・ま・え・の・せ・い・だ!」


「そんなに怒らなくても……ごめんって」


「まあまあ、マヤさんも反省しているみたいですし」


「だからなぜブランはマヤの味方なのだ……」


 マッシュかわいいよね、という共通認識で一気に距離を縮めて協力するマヤとブランに、マッシュはやや呆れ気味だ。


「ジョン王子の魔人化だが、できないこともない、かもしれん」


「本当?」


「ああ、確実にできるとは言えないがな。以前図書館で、魔王ベルフェゴールの魔人化技術について考察した本を読んだことがある。それにこの村には実際にベルフェゴールに魔人化させられていた奴がいるだろう?」


「ジョセフのことだね」


 この村の村長であるジョセフは、つい先日まで、ベルフェゴールに操られている魔人だったのだ。


「そうだ。考察に基づく魔人化の原理と、実際に魔人化させられた者の知識があれば、私でも魔人化することができるかもしれん」


「なるほどね。じゃあ早速やってみよう!」


「待て待て、まだできるかもしれない、という程度だ。私がその魔人化の考察本を読み返す時間も、それをジョセフの経験と突き合わせる時間もかかる。急いでも1週間は必要だ」


「うーん、そうなんだ。それじゃあちょっとなあ……」


 別に急ぐことでもないのかもしれないが、ジョン王子とクロエの様子をみていると、早く結婚させて落ち着かせてやりたい気もする。


 それに、亜人王国建国の情報を世界に広めてもらうためにも、なんとか少しでも早くジョン王子の魔人化を成し遂げたかった。


「それって、私が手伝えばもっと早く終わる?」


「まあそうだな。お前は文字も読めるし理解も早い。お前が手伝ってくれればもっと早く準備ができるだろう」


「よしっ! そういうことなら私も手伝うから、少し早く終わらせられるように頑張ろう」


「それはいいが、そもそも本人に確認はしたのか?」


 マヤはマッシュに言われて始めて、ジョン王子に確認していなかったことを思い出した。


「そうだった。ねえ王子様、どうかな? 魔人になっちゃっても大丈夫?」


「よくわからんが、それで私の寿命は延びるのか?」


「ああ、それは間違いない。魔人に寿命はないと言われているからな。もちろん、魔力供給が途切れない限り、だが」


「それなら殿下への魔力供給は私がします」


 クロエはそう言うと、ジョン王子の手をとった。


「クロ姉……」


「ずっと私が一緒だからね、ジョンちゃん」


 そのまま見つめ合ったクロエとジョン王子は2人の世界に入り込んでしまいそうだったが、コホンというマヤの咳ばらで、今の状況を思い出すと、2人同時に顔をそらした。


 2人はまだ手を繋いだままだったが、ジョン王子は真剣な表情でマヤを正面から見据える。


「マヤ、そういうことなら、ぜひ頼みたい」


「まっかせて!」


 自信満々に胸を張ったマヤは、この後の3日間、マッシュの手伝いで図書館に缶詰となり、「もう勉強したくない」「人生で一番勉強してる」「もう帰らせて」と泣き言を言いながら準備をする羽目になるのだが、それはまた別のお話。

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