エメリンとジョン王子
「久しぶり、王子様」
「何だマヤか、珍しいなお前が出迎えなんて」
会議から4日後の午前。
マヤは村の入口でジョン王子を出迎えていた。
「お久し振りです、マヤさん」
「久しぶり、クロエさん。相変わらず美人だね」
「もう、やめてくださいよ~」
「本当のことだからいいじゃない。こらこら王子様? 別に貴方の大事なクロエさんを取ったりしないからそんな顔しないの」
「なっ! 何を適当なことを! 私はなんとも思っていないぞ! クロ姉が美人なのは当然だし……」
「動揺してクロ姉って呼んじゃてるよ?」
「もう、殿下ったら……」
「ーーっっ! そんなことよりマヤ! 早くエメリンさんのところに案内しろ!」
「はーい。と言いたいところなんだけど、実は1つ話しておきたいことがあってさ」
マヤはくるりと回ってジョン王子の方を向く。
マヤの回転に合わせてその白銀の髪が大きくなびいた。
マヤは先程までのふざけた空気を引っ込めてジョン王子を正面から見据える。
マヤの雰囲気の変化を感じたジョン王子も、一瞬で切り替えると、為政者の顔になった。
「話とは何だ」
「うん、ちょっとジョン王子、というかヘンダーソン家に手伝ってほしいことがあってね」
「我がヘンダーソン家に手伝ってほしいこと?」
「そう。ヘンダーソン家って、世界中の商人とつながってるんだよね?」
「ああ、そうだな」
「ってことは、世界中に情報を流すこともできるってことだよね?」
「……不可能ではないだろう」
マヤの意図が読めないジョン王子は、少しマヤを警戒しているようだ。
「やっぱりそうなんだ。じゃあさ、世界中に、私がキサラギ亜人王国を建国したって情報を流してほしいんだけど……って、どうしたの、2人とも?」
マヤの言葉を聞いたジョン王子とクロエは、その場で固まっていた。
しばらくして、ジョン王子が口を開く。
「お前が王になって亜人の国を建国したのか?」
「え? うん、そうだけど?」
「あのー、マヤさん、疑うわけではないんですが、冗談とかではなく、国を作った、ということですか?」
ようやく発言したクロエも、マヤが嘘を言っているようにも見えないが、内容的に本当のことを言っているとも思えないようで、混乱しているらしい。
「そうだね。冗談とかじゃなくて本当に作ったよ」
「……そんなに簡単に国を作るとはお前は何を考えているんだ」
「私に言われても困るよ。魔王ルーシェに依頼されて建国しただけだし」
「魔王ルーシェだと!? お前あの原初の魔王に会ってきたのか?」
「うん、会ってきたというか……ううん、そうだね、会ってきたよ。それで建国しろって言われたから建国したって感じだね」
「はあ、お前はどこまで私を驚かせれば気が済むんだ……」
「はははは……マヤさんは色々ととんでもないですね……」
「そうかな? まあ今回のことは流石に私も驚いたけど、それほどとんでもなくはないと思うけど」
「あの人間嫌いの妖精王ルーシェに会って生きて帰ってきた挙げ句、言われるままに亜人の国を建国する奴が普通のやつなわけ無いだろうが……。まあいい、それで、マヤがキサラギ亜人王国を建国したことを世界中に広めたとして我がヘンダーソン家になんのメリットがある?」
「この情報を世界に流しても、それ自体はヘンダーソン家になんのメリットもないね。でも、もちろんただでとは言わないよ」
マヤは少し悪い笑みを浮かべると、一歩ジョン王子へと距離を詰めた。
「どういうことだ?」
マヤの言っている意味がわからず、ジョン王子は訝しげな表情を浮かべる。
「私とオリガが、エメリンさんの説得を手伝ってあげる。私に任せて」
そう言ってマヤは、小柄な体躯の割に豊かなその胸を叩いてみせるのだった。
***
コンコンコン。
ジョン王子が約一週間ぶりにエメリンの部屋のドアをノックすると、中からエメリンの声が聞こえてきた。
「また来たのですか、貴方は。貴方はそんなでも一国の王子なのですから、他にするべきことがあるのではないですか?」
ノックしただけでジョン王子がやってきたことを看破したエメリンが、第一声から皮肉たっぷりの言葉を投げかけてきた。
「入らせてもらってもよろしいでしょうか?」
「いいでしょう。マヤさんとオリガまで連れてきて何をするつもりなのか知りませんが、入っていいですよ」
エメリンには壁の向こうが見えているのだろうか、ジョン王子がクロエの他にマヤとオリガの2人とも一緒にいることまで入る前からばれていた。
ちなみにマッシュは子どもたちと近くの森に遊びに行く用事があるらしく、カーサは長老と一緒に他のオークの村へと亜人王国加入のお願いに行っているため、2人は今日はいなかった。
「失礼します」
「ただいま、お母さん」
「おかえりなさい、クロエ。今日こそはあなただけこの家に残ってもらうわよ?」
ジョン王子を軽く睨むエメリンに、マヤは2人の間に入った。
「まあまあエメリンさん、一旦落ち着いて」
「そういえば、どうして今日はマヤさんとオリガも一緒なんですか?」
「ちょっと色々あってね」
「そうですか、まあいいですけど。それでジョンさん、何度もお伝えしている通り、貴方にクロエを嫁がせることはできません」
「お母さん、まだジョンちゃんは何も―――」
「クロエは少し黙っていなさい」
「はうぅぅ……」
いつもはどちらかといえば強気な印象のクロエも、エメリンに厳しい口調で言われてしまうと一瞬で勢いを失ってしまった。
「そもそも、私はクロエのためを思ってる言っているのよ。今は良くても貴方の愛した男はあと50年もすれば死ぬの。貴方はそれに耐えられるの?」
「それは……」
「それに耐えられず、エルフとして寿命が500年以上も残っているにも関わらず人間と一緒に命を絶ったエルフを私はたくさん見てきた。私は貴方にそうなってはほしくないの」
「でも、そうだったとしても、私は……っ!」
「いいよクロエ、ここから先は私が言うべきだ」
ジョン王子は、クロエの手を取るとそっと握りしめる。
「エメリンさん、確かに私はクロエさんより先に死ぬでしょう。それは避けられない。でも、私の全身全霊をかけて、クロエさんを幸せにします。だからどうか……!」
ジョン王子はそう言って、深く頭を下げる。
エメリンはそれを見て溜息をついた。
「そのセリフは聞き飽きましたよ。やはり解決策は見つかっていないということですね」
「それは……」
「それなら今日の話は―――」
「あのさ、要するにジョン王子が長生きできればいいってことだよね?」
「……ええ、確かにそれができれば文句はないですが……」
マヤの唐突な発言に、エメリンは驚いた様子で答える。
「もしかしたらなんとかなるかもしれないから、ちょっとジョン王子とクロエを借りていくね。また明日来るから!」
そう言って、マヤはジョン王子とクロエを連れてエメリンの部屋を後にしたのだった。




