ジョン王子の襲撃
「今日も手がかりなしかあ」
マヤは住み慣れてきたオリガの実家の客間に入ると、ぽいぽいと靴を脱いでベットに勢い良く腰掛けた。
「自分から出ていったハーフエルフがほとんどですからね」
「それもこれもジョセフのせいだろう、操られていた上にその間のことは記憶が曖昧とは使えんやつだ」
「まあまあ、ジョセフさんも今は改心して手伝ってくれてるわけだし、そんな悪く言わないであげなよ」
「そうですよマッシュさん。それに村長のおかげで少しは手がかりがあったんですから」
村長が村にある書物という書物をかき集めてくれたおかげで、秘薬の効果を打ち消すハーフエルフの回復魔法が「妖精姫の御手」と言われる魔法であることがわかっていた。
残念ながら、ここ2週間でマヤたちが手に入れた手がかりはそれだけだ。
「魔法の名前だけわかっても仕方なかろう。それに、ものとしては通常の治癒と同じだというではないか」
「そうなんだよねー。ハーフエルフにさえ会えればそれで大丈夫っぽいのは助かるけど、結局そのハーフエルフに出会えないわけだしねー」
「すみません、妹が出ていってさえいなければ……」
「オリガが謝ることじゃないって。それに今は、その妹さんが唯一の希望なわけだしね」
「いつ帰って来るかわかりませんが……」
「エメリンさんも妹さんとは連絡取れてないんだよね?」
「そうですね。特に行き先も告げず突然いなくなったらしいですから」
「じゃあやっぱり待つしかないよね。って言ってもいつまでも待ってるわけにもいかないしなあ」
マヤは別途の縁に腰掛け足をぷらぷらさせながら天井を眺める。
その時、ガラスが砕けるような甲高い音が窓から部屋の中に響き渡った。
「わわっ! なんの音、今の? エルフのお祭りでも始まった?」
「いえ、今はお祭りの時期じゃないですけど……それにこんな大きな音聞いたことないですし」
「じゃあ何なんだろう?」
マヤの疑問への回答は、慌てた様子で部屋に入って来たエメリンによってもたらされた。
「皆さん大変です! 村を守る幻覚の結界が何者かによって破られました!」
***
「なに、これ? 戦争?」
マヤが屋敷の外に出ると、通りのそこかしこで、魔物や武装した人間にエルフ達が襲われていた。
もちろん、誰もが強力な魔法使いであるエルフ達が無抵抗なわけもなく、そこらじゅうで魔法が飛び交っている。
「どうやら何者かが村の結界を解除したようですね」
「あの結界って誰でも解除できるものなの?」
「いえ、限られた一族にしか解除法は知られていません。知っているのは村長と、私の家族くらいで―――まさか!」
オリガが何かに気がついた時、それが正解であることを示すように、1つの影がゆっくりとマヤたちの上空から降りてきた。
見覚えのある男性をお姫様抱っこした艶やかな女性はオリガの前に立つと
「まさか、お姉ちゃんがここにいるなんてね」
と苦笑しながら言った。
「クロエ……」
オリガの言葉にマヤは目を丸くする。
とはいえ驚いた理由はもう一つあるのだが。
「え? あれが、オリガの妹さん? っていうかなんでジョン王子も一緒にいるの?」
マヤが驚いた理由のもう一つを指差すと、ジョン王子は不敵な笑みを浮かべる。
「やはりここに来ていたか、魔物使いの娘」
「あのさあ、前から気になってたけどその娘ってやめてくれない? そんなに年も離れてないし、私にはマヤって名前があるんだけど?」
「相変わらず生意気なやつだ。いいだろう、今度からマヤと呼んでやる」
「あれ、意外と素直? なんだ、ジョン王子って悪い人じゃないじゃん」
「おいおい、私の家族を攫ったのはあいつだぞ?」
「現在進行系で私の故郷を襲撃してるのもあの人です」
「確かに。じゃあやっぱりジョン王子は悪い人なのか」
「敵を前にして呑気なものだ」
「お姉ちゃん面白い人と一緒にいるんだね」
襲撃中にのんきに話しているマヤたちに、ジョン王子は呆れ、クロエは楽しそうに笑っている。
「マヤさん、もうちょっと危機感をですね」
「そういうオリガだって乗ってきたくせにー。それに、もう防御魔法は展開してあるんでしょ?」
「まあそれはそうですが」
「しかし今回は我々だけ防御魔法の中に避難しているわけにはいかないのではないか?」
「それはそうだね。流石にお世話になってる村がやられているのに何もしないわけにはいかないよね」
「それでは私は近くのエルフに加勢しよう。こいつらはマヤとオリガに任せるぞ」
「待ってください、何匹か魔物を出しますから」
「じゃあ強化してマッシュの言うことを聞くようにお願いするね。強化」
「助かる。それではこちらは任せたぞ」
マッシュは数匹の魔物を連れて防御魔法の範囲から出ていった。
「じゃあ、こっちも始めようか」
「ええ、それじゃ―――マヤさん危ない!」
「へ?」
戦闘中とは言え、基本的に安全地帯と言っていい防御魔法の中にいたマヤは完全に油断していた。
気がついた時には何故か防御魔法の内側にいたクロエによって抱え上げられたマヤは、そのまま防御魔法の外に連れ去られる。
「油断しすぎじゃないですか、マヤさん?」
あっという間に魔法でマヤの手足を拘束したクロエが、余裕の表情で話しかけてくる。
「ははは、そうかもね……」
なんとか余裕ぶっているマヤだが、内心冷や汗が止まらない。
「よくやったぞクロエ、そいつはお前の姉がいないと魔物を呼び出せないらしいからな。魔物のいない魔物使いなどただの弱い人間だ」
「陛下、マヤさんのこと警戒しすぎじゃないですか?」
「お前は直接見ていないからわからんのだ。こいつは何をしでかすかわからん。早めに無力化しておくべきだ」
「それでも殺さないあたり、陛下は優しいですね」
「うるさい! 私には女子供を殺す趣味はないだけだ」
「それが優しいんですよ、っと。痛い目にあいたくなかったら大人しくしててくださいね」
クロエは少し離れたところにマヤをゆっくりと下ろすと、魔法でその場に拘束する。
「ジョン王子は、知らないみたいだけど、実は私、今は自分で魔物を呼び出せるんだよね!」
「何!?」
「出てきて、シロちゃん!」
マヤが叫ぶと、腕輪が輝き、マヤの足元からシロちゃんが飛び出し、マヤを咥えて大きくジャンプするとオリガのところへと一瞬で連れ戻した。
「大丈夫ですか、マヤさん」
「うん、なんとかね。でも防御魔法の中に簡単に入ってくるなんて、クロエさんはすごいね」
「あの子は昔から変わった魔法が得意でしたから。でも、今回はそれがすごく厄介ですね」
「そうだね、でもまあ、なんとかなるでしょ」
マヤはいつもどおり楽観的にそう言うと、オリガに明るい笑顔を向けたのだった。




