魔王
「ベルフェゴール様」
薄暗い部屋の中、ゆったりと椅子に座っている男性のところに、1人の女性が入ってきた。
「どうした?」
「緊急事態です」
「全くそうは見えんが?」
「……」
「まあいい。ジョセフが死んだことだろう?」
「ご存知だったのですね」
「当たり前だ。お前ら魔人の魔石はすべて俺と繋がっている。何でもかんでもわかるわけではないが、生死くらいはわかるさ」
「そうですか……それでしたら私はこれで」
「待てレオノル。俺の魔人の中でも特に魔法に優れたお前に聞きたいことがある」
「ベルフェゴール様がですか? ベルフェゴール様が知らない魔法を私が知っているとは思えませんが……」
「いや、そうとも限らんぞ? 俺は他者を回復する類いの魔法は全く知らんしな」
そういえば、レオノルはベルフェゴールが他人に回復魔法を使っているのを見たことがなかった。
ベルフェゴールの上半身がまるまる吹き飛んだところから自己再生魔法で回復したところなら見たことはあったが。
「レオノル、お前、一度完全に死んだ人間を生き返らせることはできるか?」
「完全に心臓が止まった人間を、ということでしたらできません」
「やはりか。そのような魔法の使い手に心当たりは? あるいは、そのような魔法について知っているか?」
「いえ、どちらも知りませんが……どうしたのですか急に」
「いや、そうか。そうかそうかそうか、くくっ、くくくくくくっ。どうやらジョセフは相当面白いやつと一緒にいるらしい」
「ベルフェゴール様?」
「ああ、呼び止めてすまなかった。もう行っていいぞ」
「はあ……? それでは失礼します」
レオノルが部屋を出たあと、ベルフェゴールは思い切り背もたれによりかかると天井を見上げた。
「死んだ直後、ほんの一瞬だけ魔石の反応が戻ったということは、ジョセフは生き返った、と考えるべきだろう。そしてその後、俺の支配から逃れた」
ベルフェゴールはそこまで独り言を言ってから、くつくつと笑い始める。
「まさか、死者を蘇らせた挙げ句、この俺から支配を奪うやつがいるとはな」
ベルフェゴールはまだ見ぬ魔法使いのことを考え、邪悪な笑みを浮かべるのだった。
***
「マヤ様、あなたのおかげで私は正気に戻れました」
「はあ……あのさ~、もうそれはいいからさ~」
オリガの実家の客間で、マヤは村長、もといジョセフに抱きつかれてお礼を言われ続け困り果てていた。
「いえ、そういうわけにはいきません。マヤ様にお救いいただかなければ、私は今でも……っ!」
そこまで言って、またジョセフは泣き始めてしまう。
ジョセフが目を覚ましてからかれこれ3時間、ずーっとこんな調子でマヤは辟易していた。
「あーもう、わかったわかったから離れて!」
マヤがジョセフを引き剥がそうとするが、マヤの腰にガッチリと抱きついたジョセフは簡単には離れてくれない。
マヤは諦めて最終手段を使うことにした。
「シロちゃん、こいつ連れてっちゃって」
「わふっ!」
マヤの指示を受けたシロちゃんと、シロちゃんの指示に従って動く数匹の狼魔物達によってジョセフはマヤから引き剥がされた。
「あら懐かしい、昔の鬱陶しい以外は真人間だった頃のジョセフじゃない。人が変わったようだって聞いてたけど、昔に戻ったのね」
シロちゃんたちに引きづられていくジョセフと入れ替わりで、エメリンは客間に入ってきた。
「エメリンさん、昔の村長を知ってるんですか?」
「ええ、実は私とジョセフって同い年なんですよ?」
「へえ、エメリンさんって意外と―――」
そこまで言って、マヤは慌てて口を閉じる。
エメリンの笑顔が怖い気がした。
「意外と、なんですか?」
「え、あ、いえ、なんでもないです……それはそうと、村長がもとに戻ったって言ってたけど」
「そのままの意味ですよ。昔のジョセフは、多少鬱陶しいところはありましたが、まともな人間でした。ダークエルフやハーフエルフへの差別を助長したり、オークに対する間違った認識を流布してオークの奴隷のように扱ったり、そんなことをする人じゃなかった」
「でもある時からおかしくなった、ってこと?」
「そうです。村長になってしばらく経った頃でしょうか。最初は強気な物言いが増えたなあ、と思うくらいでしたが、次第に高圧的になっていってその頃からダークエルフやハーフエルフへの差別が始まって、後はもうマヤさんたちもご存知の通りです」
「じゃあその頃から魔王に操られていたってことかな」
「そうでしょうね」
「それにしても、魔王なんているんだね」
「魔王って言っても、別に全部が全部悪いってわけじゃないんですよ?」
「そうなの?」
「例えば、このエルフの森全体の長で、ハイエルフと言われる神話の時代から生きているエルフがいるんですが、その方も魔王の1人です」
「へえー、じゃあ悪いやつばっかりじゃないんだ。じゃあベルフェゴールも―――」
「ベルフェゴールは最悪の魔王と名高いですね」
「ありゃりゃ、そうなんだ」
「最悪は言いすぎかもしれませんが、自分勝手に好き放題する魔王なんです。悪いかどうかさておき、力を持った魔王がそういう振る舞いをすると……」
「なるほど、それは確かに厄介だね」
「でも、ベルフェゴールは自分勝手なだけで馬鹿ではありませんからね。今回ジョセフを操っていたのもなにか意味があったんでしょう」
「うーん、なんだろうね?」
「それはわかりませんよ。魔王の考えることですからね」
「そりゃそうか」
マヤがぽすんっとベッドに倒れ込むと、エメリンは踵を返して部屋を出ていこうとする。
が、ドアのところまで進んだところで、ふと足を止めた。
「マヤさん、ジョセフを殺さないでくれてありがとうございました」
「え?」
「いくら間違ったことをしていたとしても、ジョセフは私の幼なじみですからね。死んでほしいとは思えなかったんです。だからありがとうございます」
「いや、なんか上手くいっただけだから、そんなお礼を言われるようなことじゃ」
「いえ、それでもですよ。でも、あんまりしつこいとジョセフと一緒になってしまいますから」
エメリンはくるりと振り返ると、マヤに柔らかな笑みを向ける。
「ジョセフを殺さないでくれて、ジョセフを取り戻してくれて、本当にありがとうございました」
そう言って、エメリンはドアの前から姿を消した。
マヤはその笑みの美しさに、しばらくドアの外の見て惚けていたのだった。




