オリガの故郷
「ねえオリガー、これ本当に迷ってないんだよね?」
「はい、順調に進んでますよ」
鬱蒼とした森に入って3日目、マヤたちは、マヤの目には同じ景色にしか見えない森の中を延々と歩き続けていた。
先頭を歩くオリガは、しばらく進んでは立ち止まってキョロキョロとあたりを見渡し、時折魔法を使ったり、右に曲がったり左に曲がったり、時には来た道を戻ったりしながらどんどんと進んでいた。
「今はオリガを信じてついていくしかあるまい。引き返そうにも、もう我々には全く道がわからんしな……」
マッシュが後ろを振り返ってそんなことを言う。
マヤも振り返ってみたが、そこには前方と同じ景色が広がっていた。
「二人ともー、はぐれないようにしてくださいねー?」
オリガの呼びかけに、2人は慌ててオリガの近くに移動する。
「ごめんごめん」
「気をつけてくださいね? はぐれられたら私だって見つけられるか怪しいんですから」
「はーい」
オリガも見つけられないのであれば、ここでオリガとはぐれたら最後、そのまま永遠にこの森をさまようことになるだろう。
マヤとマッシュはそれ以降、オリガと絶対はぐれないようにしよう、と心に決め、それまで以上にオリガから離れないように注意して歩いていくのだった。
***
「よし、迷わず着けたみたいですね」
オリガの後ろのいたマヤとマッシュは、オリガの言葉に周囲を見渡すが、どこを見てもただの森だった。
念の為オリガの前も確認してみたがやはり森だ。
「オリガ、ここで合ってるの?」
「ええ。ちょっとまって下さいね」
オリガは何か呪文を唱えたあと、右の踵をリズムよくコンコンと地面に打ち付けた。
(コンコン?)
落ち葉が積もる森の地面に靴の踵を打ち付けたにしては硬い音がしてマヤが首をかしげていると、目の前の世界が急激に変化した。
「うわっ! わわわわっ! なにこれ!」
今まで永遠に続く森にしか見えてなかったマヤの目の前には、レンガで舗装された道が現れ、同時に道の左右の商店や民家、大木の上にあるいかにもエルフらしい家々も現れる。
「これはすごいな。さっきまで街の音など全くしなかったが……」
マッシュは突然聞こえてきた街の喧騒に驚いているらしい。
「さあ、マヤさん、マッシュさん行きますよ?」
マヤとマッシュが未だ呆然としていると、オリガがどんどんと街の中に進んでいってしまう。
マヤとマッシュは、オリガにおいていかれないようにその背中を追いかけた。
オリガが近づくと街のエルフたち離れていくことに、マヤは気がついた。
おそらくマヤの気のせいではないだろう。
それに、マヤたちを遠目に見て何事か話している者の姿も見えた。
もちろん突然入ってきたマヤたちのことを噂してい可能性もあるが、オリガの言うとおりダークエルフはエルフの村で避けられているのだろう。
エルフたちの態度に嫌な気分になったマヤは、なんでもない話題を振ることにした。
「それにしても、エルフって本当にみんなきれいだね」
「そうですか? さっきすれ違った男の人とか相当ブサイクだったと思いますけど……」
「ええ!? あれでブサイクなの!?」
先ほどすれ違った男性のエルフは、マヤが元いた世界なら即芸能界デビューできるであろう超絶イケメンだった。
最近自分でも忘れがちだが、元男のマヤとしてはエルフ男子のレベルの高さに戦慄するしかない。
「人間ってエルフの容姿好きですよね。そのせいで人間が何度も攻めてきたからあんな結界を張ってるわけですが」
オリガでさえ他の村にはたどり着けないと言われ、行けばその理由がわかると言われたエルフ結界を思い出し、マヤは苦笑する。
ちなみに、あれは幻覚を見せる魔法でどこを向いても同じ森の景色しか見えないようになっていたらしい。
「ははは……でも、これだけ美男美女ばっかりだと、エルフの村に攻め込んででもエルフを求める気持ちもわからなくもないかなー」
思わずそんなことを言ってしまったから、マヤはしまったと思った。
そんなつもりはなかったが、マヤの発言は捉え方によってはエルフを襲ったかつての人間たちを肯定するものだからだ。
「ふふっ、マヤさんは素直ですね」
「怒らないの?」
「どうしてです?」
「だって、その、昔エルフを襲った人間の気持ちもわかる、って言ったわけだし」
「でもマヤさんはそんなことしないでしょう?」
「当然だよ!」
「ですよね。それに、本当の悪人はそんなに素直に自分の気持ちを話さないですよ」
「そうかな?」
「そうですよ。話している間に着きましたね」
そこでオリガは足を止める。
目の前には周りに比べて大きな家、というかもはやお屋敷といったほうがいいような建物があった。
「もしかして、これがオリガの家? なに、オリガってお嬢様だったの?」
「いえ、そういうわけではなくてですね―――」
オリガはどう説明したものか、という顔をすると、ドアの横に手をついて呪文を唱える。
どうやらオリガが手を触れているのはインターホンのような役割の魔法らしい。
「その、オリガ、です、帰って、きました」
家出同然で出てきて突然帰ってきたことが気まずいのか、オリガはとぎれとぎれ話していた。
ガシャーン!
オリガが話し終えるかどうかというタイミングで、家の中から何かが割れる大きな音がした。
続いて、ドドドドドドドドッ、という大量の足音が家の中から聞こえてくる。
「いけない!」
オリガが何故か突然防御魔法を発動したことにマヤが首を傾げる暇もなく―――
「「「「「「「「オリガお姉えちゃあああああああん!!!」」」」」」」」
内側からぶち破れるかのような勢いで開いたドアから、大量のエルフの子どもがオリガに襲いかかったのだった。
***
「すみません、うちの子たちが……」
1時間ほど後、マヤとマッシュはオリガの家のリビングにいた。
マヤとマッシュが並んで座り、テーブルを挟んで反対側にオリガ、その隣で申し訳無さそうにしているのがオリガの母、エメリンさんだ。
「いえいえ、オリガのおかげでなんともなかったですし。それにしてもすごい数のお子さんですね」
「うちは孤児を養子にしていますから。血がつながっているのはこの子だけです」
そう言って、エメリンはオリガの肩に手を置く。
「なるほど、それであんなにたくさんの子どもたちがいたんですね」
ちなみにその子どもたちは別の部屋に締め出されている。
「それにしてもオリガ、まさかあなたが帰ってきてくれるんて、夢みたいだわ」
そう言って、エメリンはオリガを抱きしめる。
「もう、お母さんやめてよ。私もう子供じゃないんだから」
マヤとマッシュの前で母親に抱きしめられたオリガは恥ずかしそうだった。
「あなたはいつまでも私の子供よ?」
「そうだけど……って、そうじゃなくて。ねえお母さん、クロエは? 私クロエに用があって帰って来たんだけど?」
オリガはエメリンの抱擁から逃れると、エメリンを正面から見据える。
「……っ。そう、クロエに、ね」
エメリンは一転して暗い表情になってしまった。
「?」
「オリガ、あなたを責めているわけじゃないことだけは先に言っておくわね」
エメリンは真面目な表情で前置きし、
「クロエは、あなたがいなくなってしばらくして、後を追うようにいなくなってしまったのよ」
悲痛な面持ちでオリガにそう告げたのだった。




