次なる目標。オリガの心。
「チェックメイト、ってやつかな? チェスってほとんどわからないんだけど」
左右から魔物に押さえつけられ、身動きができないジョン王子に、マヤはおどけてそう言った。
「ふっ……。ふざけた娘だ。殺したいなら殺すがいい」
「ううん、それはいいや。殺したら後が面倒くさそうだし。それより、秘薬にやられたマッシュの家族を治す方法を教えて」
マヤの言葉に、ジョン王子は一瞬苦虫を噛み潰したような表情になる。
おそらく、王族として名誉ある死を望んでいたのだろう。
しかし、それはマヤにとっては不都合しかない。
ここでジョン王子を殺せば、王子の父であるこの国の国王からマヤたちは命を狙われるだろう。
逆に、ここでジョン王子を生かしておけば、今回の騒動はジョン王子自身によって隠蔽されるはずだ。
そこらへんの小娘一人に自分の城に乗り込まれた挙げ句、兵を壊滅させられ、秘密裏に進めていた魔物たちの軍団も奪われた、などどは口が裂けても言えないだろうから。
「なるほど、可愛いだけののんきな村娘かと思ったが、案外したたかなやつだ」
マヤの「後が面倒くさそう」という言葉だけですべてを察したジョン王子が自嘲気味に笑う。
「さすが、汚いことをいっぱいやってそうな王子様は頭の回転が速いね」
「なんとでも言え……。いいだろう、秘薬を使われた者の治し方を教えてやる」
拘束されたジョン王子が言うには、秘薬にやられたものが心を取り戻すには、ハーフエルフだけが使える治癒魔法が必要とのことだ。
「しかし、エルフは人と交わることを嫌う者がほとんどだ。ハーフエルフはそうそう見つからないだろう」
「そうなんだ、でも私は見つけるよ。見つけてマッシュの家族を取り戻す」
マヤはそう言い残すと、ジョン王子に背を向けた。
「そうそう、これからあなたが何をするかは知らないし興味もないけど―――」
そこまで言って、マヤはジョン王子に振り返る。
「今後また私の仲間に迷惑かけたら、その時は、わかってるよね?」
目を細めてそう言ったマヤに、ジョン王子は体が重くなったように錯覚した。
(こいつは魔物を使役できる以外ほぼ無力なはず……だというのに、何だこの迫力は……)
「じゃ、そういうことだから」
言葉を発しなくなってしまったジョン王子をおいて、今度こそマヤはジョン王子のところを後にした。
***
「マッシュ、家族の様子は?」
「妻はわかっていたが、子どもたちも同じ薬を使われている様だ……」
マッシュは家族と再開できた嬉しさと、会話ができない状態になっていた悲しさで複雑な表情をしていた。
「そうなんだ……」
「でも、どうにかなるのだろう?」
「うん、ハーフエルフを見つけられればね」
「では、それを探すまでだ」
「そうだね。次の目標はそれだね。そういえば、マッシュの奥さんって何ていう名前なの?」
「私の妻に名前はない。そもそも私の「マッシュ」という名前にしたって、お前がつけたものだろう」
「そういえばそうだったね」
1ヶ月前マヤがこちらの世界に来てマッシュに名前をつけたのだ。
「名付けというのは本来大きな意味を持つのだが、まあマヤにはわからなくても仕方あるまい」
「えーなにそれ? まあわからないけどさー。じゃあさ、マッシュの家族も私が名前つけていい?」
「構わんぞ。ただし、あんまり適当な名前だと怒るからな?」
「わかってるって。じゃあ奥さんはブランちゃん、そっちのマッシュと同じ栗色の毛の子は、えーっと―――」
ほどなくして、マヤはマッシュの家族4人(4羽?)に名前をつけ終えた。
「じゃ、もうちょっとしたら撤収するからね」
マヤはマッシュにそう言い残すと、マッシュとその家族のところを後にする。
「全く、ほいほい名前を付けおって……後でどうなっても知らんぞ」
マッシュが後ろでなにか言っていた気がしたが、マヤの意識はすでにオリガに移っており、全く聞こえていないようだった。
***
マヤは落ち着かせる意味もあっていったん一人にしていたオリガのところに戻ってきた。
「落ち着いた?」
「っっっ……!」
マヤが声をかけると、オリガはビクッと肩を震わせる。
「ねえ、オリガ。オリガは悪くないんだよ? 悪いのは全部あの腹黒王子様なんだから」
マヤは親指で後ろで拘束されているジョン王子を指す。
しばらく待っていると、オリガはぽつりぽつりと話し始めた。
「私、知ってました……」
「うん」
マヤは急かすことなくオリガが話すのを待つ。
「私の、ダークエルフの髪が、秘薬の材料になるって……」
「うん」
「でも、なんでもいいやって、こんな世界どうでもいいやって、そう、思って……っ!」
「うん」
「だからっ、だか、ら……っ!」
「うん」
「私は、マヤさんたちと一緒にいる資格なんて……」
「うん」
「私にはマヤさんと一緒にいる資格がないんです!」
「うん、そうかもね」
「……え?」
心のどこかでマヤなら否定してくれると思っていたのか、オリガは呆然としてマヤを見つめる。
そんな自分を自覚したとき、オリガはまた自己嫌悪に陥った。
「でも、そんな資格、私にだってないよ」
「どういうこと……ですか?」
「簡単なことだよ。一緒にいるのに資格なんていらないってこと。一緒にいたければ一緒にいればいいし、一緒にいたくないならどっか行っちゃえばいい」
「そんな簡単なこと、ですか?」
「うん、そんな簡単なことだよ。案外みんなしたいようにしてると思うけど?」
そもそもオリガはマヤに巻き込まれる形で前の居場所からマヤのところに来ている。
もちろん前の居場所は無法者のところなので、マヤが助けた形かもしれないが、マヤに巻き込まれてマヤのところにいるのも事実だ。
そういう意味では、マヤの方がオリガと一緒にいる資格などないのだろう。
「だからさ、資格どうこうよりも、オリガがどうしたいのか、聞きたいな」
マヤは座ったままのオリガに視線を合わせるようにしゃがみ、うつむいて髪に隠れてしまっているオリガの顔を覗き込む。
オリガの視線とマヤの視線がぶつかった。
「っっ!」
オリガは頭を振ると視線をそらしてしまう。
「ちゃんと私の目を見て」
マヤはオリガの柔らかいほっぺたを両側から挟むと、オリガの顔を自分の方に向けた。
「やめてください」
「じゃあ振りほどいていいいよ? ほら強化」
マヤの強化の光がオリガに流れ込む。
同時に、オリガはマヤの心が流れ込んでくる気がした。
「オリガはここにいていいんだよ」「私がオリガと一緒にいたいんだよ」そんなマヤの心が、オリガの中に流れ込んでくる。
(温かい……)
それはオリガが手放してしまったもの。
オリガを受け入れてくれていたオリガの家族がオリガに向けてくれていた思いと同じだった。
「わた、わたし、は……」
「うん」
マヤがゆっくりとうなずくと、オリガの目元から涙が溢れる。
「やっぱり、マヤさんと、マヤさん達と、一緒にいたい、です……っっ!!」
「うん、よく言えました」
マヤは頬に添えていた右手をオリガの頭に動かすと、オリガの黒髪をゆっくりと撫でる。
マヤはオリガが落ち着くまで、オリガの頭をなで続けてあげたのだった。




