97.いつの間にか推薦されたらしい
9月も半ばになれば夏休みの余韻のようなものはもうほとんどない。
ハル達新婚カップルはまだまだ初々しくも熱々で、ただ幸いにもそれを見ている俺達の方はだいぶ慣れてきた。
先日みたいに姫乃が暴走することも無くなったし。
うーん、今思い返してもあれは心臓によろしくなかったな。
でも時々なら……。
と、それはともかく今朝は学園がどこか賑やかだ。
浮足立っているという表現が合うだろうか。
「なあ庸一。近々何かあるんだっけ?」
「いや、俺はよく分からないが。
しかし珍しいな。そういうのはまずハルに聞くと思ってたが」
「だってハルは今あれだから」
親指で後ろを指差せば幸せそうなハルが椅子に座ってぼんやりしてる。
と思ったらこっちに気付いてやってきた。
「おはようございます。一会君。
なにやら酷い謂われようですが、これでもちゃんと情報収集はやってるんですよ」
「お、そうだったのか」
「それに今回のネタは一会君も他人事ではいられないと思うんですけどね」
僕や庸一君はともかくね、というハルだったけど何だろう。
2人に関係なくて俺には関係ある学校行事……そんなのあったっけ。
俺が首を傾げていると教室の扉を開けて姫乃が入って来た。
「おはようございます。皆さん」
「「姫様、おはようございます!」」
にこやかに挨拶を交わすいつも通りの朝の光景は、しかしいつもと違って挨拶だけでは済まなかった。
男子も女子も関係なく姫乃の周りに集まって行く。
「あの、姫様。推薦一覧はもうご覧になられました?」
「はい?何の、ですか?」
「ということはまだ見ていないのかぁ」
「選挙ですよ選挙。生徒会役員の」
「んん?」
姫乃の頭にはてなマークが浮かんでるように見えるけど、残念ながら俺の頭の上にも浮かんでる。
いや、生徒会選挙って言葉の意味は分かる。
恐らくこの学園の次期生徒会長を決める為の選挙なんだろう。
でもそれと推薦一覧がどう関係してくるんだ?
「この学園は立候補以外にも他薦、特に現生徒会役員からの推薦って形で候補者が選ばれるんです。
それに姫様も副会長候補として選ばれてるんですよ」
「え、そうなんですか」
「はい。あだ名持ちの生徒の中で特に優秀な人が選ばれるみたいですね」
「あ、ということは一会くんも副会長候補に選ばれてるんでしょうか」
「いやいや彼は所詮村人Aですから選ばれてなんていないですよ」
「所詮……そうですか」
あ、遠目からでも姫乃の表情が曇ったのが分かってしまった。
近くに居たクラスメイトも姫乃の変化に驚いてちょっと後ずさってるし。
「ふふっ、生徒会の方には後でお話しないといけなさそうですね」
「ソ、ソウデスネ」
笑ってる筈なのにちょっぴり怖い姫乃にカクカクと首を縦に振るしか出来ないようだ。
しかし選挙かぁ。中学の時もあったけど、あまり楽しい思い出は無いな。
候補者が選挙公約みたいなのを掲げて校門前で演説したり放送を流したりしてるけど、結局その時言った言葉が守られていたのか俺は知らない。
周りの皆も投票日までは何かと話題に挙げていたけど、その翌日には何事も無かったかのように忘れ去っていた。
ま、この辺りは日本人独特の感性なのかもしれない。
クリスマスもバレンタインもハロウィンも、当日25時まではそれらイベントカラーで街中が賑わうけど翌朝には台風一過以上にカラッと次のイベントにシフトしていくからな。
ただまぁ今回は姫乃が絡んでいるらしいし、休み時間中にその一覧だけでも確認しておくか。