95.その後で
玄関の扉を開けて中に入りしっかりと施錠してから靴を脱いで部屋の中へと進み、鞄を下ろしコンタクトを外した私は、服が皺になるのも気にせずにベッドにダイブしました。
「~~~~~~!!!」
あ~~もう私はなんであんな事を言ってしまったんでしょう。
思わず手足をバタバタと暴れさせながら自問自答してしまいます。
『一会くんが言葉巧みに誘ってね』
これじゃあ私の方が一会くんを誘惑しているみたいじゃないですか!
ちがうのこれはほら、いつも一会くんには揶揄われてばかりだから意趣返しというかね。
謡子ちゃんが阿部くんと付き合うことになってあの雰囲気に感化されたのは否定しません。
ですが別に私と一会くんはお友達であってそれ以上ではない訳で、仮に本当にホテルに誘われたら……。
「いやいやいや。まだ早いでしょ」
そうです。ちゃんと段階を踏んでからです。
その時の気分とノリでとか絶対ダメ。だめ、ですよね。
あとほら。一会くんだって本気にしたりはしないだろうし、大丈夫です大丈夫。
きっと何とも思ってない……のは悔しいですね。私がこんなに悶えているのだから彼も今夜は色々妄想して悶々とすればいいんですっ。
ただ夢の中のキヒトも大概にぶちんでしたし、男子っていうのは女心を理解出来ないし、私達の理想を悉くぶち壊していくのが男子ってものです。
過度な期待は絶対に裏切られるのが目に見えてます。
いつも気遣い上手な一会くんだってそこは変わりません。
明日学園で会った時にはもう忘れてるかも。
「ってそうだ。今夜電話するって、あれはキヒトさんの時にですが言ってしまいました」
今のこの状態で電話、するの?
さっきスーパーで会ってたんだからノーカンで良いんじゃないかな。
でもあの一会くんのことだから律儀に私からの電話が来るまで寝ずに待ってそう。
約束って程のことでもないけど、無断キャンセルは良くないですよね。
うぅ、でも一体何を話せばいいんだろう。
元々はキヒトの正体は一会くんでしょって確認しようと思ってたけど、それならスーパーで待ち伏せして直接聞いた方が早いと思って実際に確認出来てしまったし。
よし、こうなったら一言おやすみって伝えて切りましょう。
私は携帯電話を取り出してアドレス帳から一会くんの番号を呼び出した。
Pr..ガチャッ
『もしもし』
1コール目の途中で取られました。
まさか携帯電話を前に正座待機してたんでしょうかと疑いたくなる速度です。
『もしも~し』
っと、驚いてる場合じゃありませんね。
ともかく何か話さないと。
「あ、あの……」
#########
気が付けば家に帰ってきていた。
鞄ある。買い物袋ある。財布ある。良かった。
帰巣本能とは違うけど呆然自失としていても家には帰れるものだよな。
『いつか……ねっ♪』
ぶんぶんぶん。
頭の中に響いてきた声と映像を慌てて首を振ってかき消す。
まさかあの姫乃があんな表情をするなんて。
時代が時代なら傾国の美女とか呼ばれそうだな。
もし仮に二人っきりの部屋の中であの顔を見せられたら俺の理性は耐えきれないかもしれない。
「あーよし。シャワーでも浴びて色々落ち着かせよう」
温めのシャワーで汗と一緒に色々と煩悩を洗い流す。
よし、だいぶ落ち着いてきた。
後は飯を食って寝れば明日にはいつも通りに戻れるだろう。
買って来た総菜をテーブルの上に置いて箸を持ったところで携帯が鳴った。
半分条件反射で通話ボタンを押したけど電話してきたのは姫乃か。
そういえば電話するって言ってたもんな。
「もしもし」
……あれ?反応がない。
実は間違い電話だった?
「もしもーし」
『あ、あの!……こん、ばんわ』
「お、おう」
どこか慌てたような声が携帯から聞こえてきた。
『えとその大した用事があった訳じゃなくてだからそのね』
「まあ落ち着け」
『う、うん』
携帯越しに深呼吸しているらしい姫乃の息が聞こえてくる。
普通の会話と違ってこれはこれで面白いな。
「どうだ?」
『うん。もう大丈夫。
えっと……なんだっけ』
「いや、知らんがな」
姫乃から電話してきたんだし用があるとしたら姫乃の方だろうに。
どんな話か想像したとすると、キヒトの件かさっきのスーパーの件かだろうけどキヒトの事はもう話したし、なら別れ際のあの事か?
「もしかしてさっきの『いつか』って言ってた話か?」
『そ、それはその、忘れて頂けるとその助かるます』
最後尻すぼみになってしかも噛んでるし。
そんな恥ずかしいなら言わなければ良いのに。
まあいい。当分の間は忘れたことにしてあげよう。……いつかネタになる日が来たら思い出すとして。
「仕方ないな。貸しにしておいてあげよう。
じゃあ他には?俺の方からは特に急ぎの要件とかは無いけど」
『えーそれじゃ私と電話したくない様に聞こえるんですけど?』
「いや、こうして姫乃の声を聞いてると折角忘れようとしてるさっきの件が思い起こされるんだよ」
『あ、うん。なら切ろうすぐ切ろう。
……でもそっか。ちゃんと気にしてくれてるんだね。ふふっ』
「あん?」
『ううん。なんでもないの。
じゃあお休みなさい。また明日学校でね』
「ああ、おやすみ」
最後どこか楽しそうな声になってたけどどうしたんだ?
特に面白い要素は無かったと思うんだけど。
うーん、やっぱり女心は難しいな。