87.決戦は週末
俺達は注文していた料理が届いたのでそちらに手を付けつつ、どうしたものかと頭を悩ませていた。
唯一にして最大の障害はハルの妹の橘音ちゃんだ。
彼女をどうにか説得できない限り解決の道は無いと言って良い。
彼女を無視してハルが魚沼さんと付き合うという選択肢は、間違いなくハルは選ばないどころか候補にすら上がることは無いだろう。
そうなるくらいならハルはきっと魚沼さんとの関係を諦めて妹と一緒に居る事を選ぶと思う。
「そもそもの話、ハルってもう魚沼さんに告白したんだっけ?」
「え、あ、いえ。まだです
先日はその、外は暑いしどこか屋内で遊びませんかって誘って、なら僕の家に行ってみたいって言われたから招待したんです」
「告白がまだならさ。実は魚沼さんとしてはただの友達くらいの感覚で、別にその友達の妹に嫌われるくらいなら学校で遊ぶ程度の関係で良いやって思ってたりして。
それだったらここで悩んでるのが全部無駄になるな」
「うっ、確かに」
俺達はハルと魚沼さんがお付き合いをする前提で話を聞いてたけど、そうじゃない可能性もなくはない。
ハルもその事に気付いてただろうに必死に目を逸らしてたんだろう。
人は誰しも嫌な事からは目を背けたい生き物だし。
「とは言ってもな。好意を持っていない男子の家に行きたがる女子はまず居ないだろう」
「え、それなら」
「可能性はなくはないな。ただそれも今回の一件で立ち消えた可能性は否定出来ないけど」
「ぐふっ」
しまった。フォローするつもりが止めを刺してしまった。
テーブルに突っ伏すハルを見ながら立ち上がって向こうのテーブルへと視線を飛ばす。
「ちょっとトイレ行ってくる。庸一、済まんがハルを見ててくれ」
「おう」
その場を庸一に任せて俺はトイレに向かいながら途中で魚沼さんの様子もチラッと視界に収めた。
トイレ前で待っていれば1分と待たずに姫乃がやって来た。
「よっ。偶然この店に来てくれてて助かった」
「私もまさか一会くんたちもここに来るとは思わなかったよ」
お互いに笑顔を向けながら労う。
「それで魚沼さんはハルの事を気にしてるっぽい?」
「うん、かなり。学校で会った時も落ち込んでたし、今も阿部くんに嫌われたかもって話をしてたから。
一会くんのほうはどうなの?」
「似たようなものかな。
ハルの場合、何があっても妹のことを見捨てる選択肢はあり得ないんだけど、だからこそ妹と魚沼さんの両方に嫌われたかもって落ち込んでる。
と言っても妹の方は反抗期くらいの拗ね方だからそんなに心配はいらないけどな」
中学2年生っていうのは何かと多感な時期だから仕方ないと言えばそうなんだけど。
でもこれがきっかけであの仲の良かった兄妹が疎遠になるのは友人として見たくない。
何とか力になってやりたいけどな。
「一応俺はハルの妹とは小学校の時から顔見知りだから俺から妹さんに話をするって言う手はなくはない」
「それで上手く行くの?」
「正直望みは薄いだろうな。納得してもらえたとしても渋々かな。
魚沼さんがハルの近くに居る事は100歩譲って許しても、家族として迎え入れるのは全く別問題だ」
「家族ってまた話が飛躍してる気がするけど。
でも話を聞く限り遊びで付き合うような関係は認められそうにないね」
そうなんだよなぁ。
ハルの所は家族愛が強すぎるんだよ。
両親だって普段は忙しい分、休日になるとハル達にべったりらしいし。
普通なら反抗期にうざがってもうちょっと親離れ子離れしそうなんだけど、そんな様子は無かったしな。
俺としては羨ましい限りではあるんだけど、こういう時大変だよな。
「魚沼さんにとっても、もしハルと今後もっと親密な関係を築いて行きたいと願っているのであれば、ここで逃げるのは悪手だ」
「ならどうするの?」
「ハルの妹の性格からして、真っ向勝負が良いと思う」
「ええっ!?」
驚く姫乃に俺は今考えていた作戦を伝え、実行に移すかどうかは魚沼さん次第なところがあるので、どうするかの結論は明日の昼休みに聞くことにしてその場は分かれた。
あまりトイレ前で話し込むのも良くないしな。
席に戻った俺はまだ項垂れているハルに一言告げた。
「ハル。決戦は週末だ」
「そ、それって!」
俺の言葉に一気に元気を取り戻すハル。
なぜなら俺がこう言うってことは何か良い案が浮かんだ証拠だからだ。
「ただ今回に限っては成功のカギを握るのは俺じゃないから成功するかは分からない。
具体的に何をするかは明日の昼休みにみんなで集まった時に話そう。
あと成功率を少しでも高める為に、ハルは橘音ちゃんとの関係を修復しておくこと。いいな」
「はい、分かりました!
よし、そうと決まれば早く食べて帰りましょう」
「お、おう」
「まったく現金な奴だ」
さっきまではこの世の終わりだって顔してたくせに。
でもま、どうなるかは分からないにせよ、やれることは全部やったうえで結末を迎えるならきっと今よりも後悔のない状態になってくれるだろう。
一番良くないのは中途半端に終わらせて後から「もっと本気を出しておけば違う未来があったかも」なんて心残りが出来る事だからな。




