83.村人Aと野生に還った姫様の夏休み
私の葛藤を余所に村基、一会くんは話を進めました。
「足の調子はもう問題なさそうだな」
あ、別にご飯を食べに来た訳じゃないんですね。
改めて傷の具合を確認しに来てくれたんだ。
「うん。一会くんのくれた薬のお陰で痛みも全く無いし、むしろ薬塗った部分の潤いが凄かったんだけど。
あれが化粧水や美容液になったら凄いことになりそうだよね」
「あ、やっぱりそこを気付くか」
私の回答に頷いた一会くんはテーブルの下に置いてあった鞄をごそごそと漁って小さい瓶を取り出しました。
って、まさか。
「あの薬とはちょっと成分とか違うけど、美容液はあったりする」
「わぁ、すごい!」
「ちなみにそれ1本で50万円」
「え”っ」
ご、ごじゅうまんえん!?
5万円の間違いじゃないでしょうか。それでも高いですが。
いやでもあの効能があるなら十分その価値はあるのでしょうか。
市販の美容液とか、この瓶より更に小さくて1万円とか見たことありますし。
でも50万円は流石にねぇ。
「じょ、冗談だよね」
「まあな。別に正式に値段を付けてる訳じゃないし」
「ほっ」
「(……先日その値段でも買うって言われたけど)」
「え?」
「ともかくそれは試供品ということで今回は無料でプレゼントだ」
「い、いいの?」
「まあな。それとこれも渡しておくために今日は来たんだ」
そう言って今度は手のひらに収まるサイズの笛?を渡されました。
こちらは実用性重視というか装飾などは一切ないものでした。
私に笛なんて渡して何がしたいんでしょうか。
「藤し、姫乃は今後も山菜取りに山に入るんだろ?
やっぱ山に事故は付き物だし、なかなか助けも呼べないからな。
それを吹けば昨日の犬たちが駆けつけてくれるから困ったことがあったら遠慮なくその笛を吹いてくれ」
あ、つまりこれは犬笛って奴なんですね。
なぜこんなものを一会くんが持っているのかは甚だ疑問ですが、でもくれるというなら貰っておきましょう。
「あ、出来れば犬用のおやつも鞄に忍ばせておいてくれると助かる。
そうすれば少なくともお弁当を奪うようなことは無い筈だから」
「う、うん」
って思えば昨日の怪我の原因はその犬が私のお弁当を奪っていったことでしたね。
そのお陰で一会くんとも会えたので叱るべきかお礼を言うべきかは悩ましいところです。
「よし。おばあちゃん。朝ごはんごちそうさまでした。姫乃もまたな」
「うん。って帰っちゃうの!?」
「まあな。今日はそれを私に来ただけだし。
それにあれだ。村人Aとしては村に来たらやらないといけない事が山積みというかな」
「ぷっ。なにそれ」
そこで突然思い出したように村人A設定を出してこないで欲しい。
思わず笑っちゃったじゃないですか。
「それを言ったら姫様は何をすればいいのかな?」
「そうだなぁ。堅苦しい王城から抜け出してきたんだから、思う存分羽を伸ばすので良いんじゃないか」
「避暑地でバカンス?」
「そ。そんな感じだ。小川で遊ぶも良し。山に分け入って猪を追いかけるでも良し」
「いや猪は追いかけないよ!?」
一会くんの中で姫様って言うのは山に入ると野生に戻るイメージなのかしら。
あ、そういえば夢の中の姫様は結構やんちゃしてたっけ。
そう考えれば猪の1匹や2匹、追いかけまわしてもってだからしないからね。
そんな冗談ともとれる言葉を残して一会くんは帰って行きました。
まるで台風のようでしたね。
でも帰ったら帰ったでちょっと寂しいような気もします。
次に一会くんに会えるのは新学期になってからだから半月以上先です。
「はぁ」
「ふふっ。ため息をつく位なら引き留めれば良かったじゃないかい」
お祖母ちゃんはそう言ってくれますが、それはダメな気がします。
何というか私の我がままで彼の足を引っ張るのは、ただの重し。いくら優しい一会くんでもいつか私を面倒な女だと思ってしまうかもしれません。それだけは許せません。
私は私の出来る事で隣に並び立つようなそんな関係が理想です。
そうと決まればこの夏は全力でチャレンジあるのみです。
って、別に一会くんの隣に立ちたいって言ってる訳じゃないですからねっ!
ただ、そうやって意気込んだ私が意識し過ぎだったのかもしれません。
その3日後にもなぜか我が家の食卓に一会くんが居ました。
「……何でいるんですか?」
「ん?近所に薬を配達したついで」
さも当たり前って顔してご飯食べてるし、お祖母ちゃんも孫が1人増えたみたいに嬉しそうに迎え入れてるし。
結局一会くんは週に1,2回は我が家でご飯を食べて行ったり、時間がある時は畑の収穫を手伝って行ったり一緒に山菜を採りに行ったりしてました。
お陰様でこの夏休みは充実を通り過ぎてハードな毎日でした。
村基家の事情とかは全然出てきませんでしたが、いつか思い出話的なので出すかもです。
後は他の友人たちの夏休み事情なども追々出していければと思いつつ、これにて1年目の夏休みはひと段落です。