81.少年の面影
下に降りると台所でお祖母ちゃんが夕飯の準備をしていたので、まずはそっちに顔を出すことにしました。
「お祖母ちゃん」
「おや起きたのかい。
もう歩いても大丈夫そうだね」
「うん、まだちょっと痛むけど」
「まぁ、今日1日は安静にしてなさい」
「は~い」
お言葉に甘えてその場をお祖母ちゃんに任せた私は先に居間へと向かいました。
居間への扉を開けばそこには村基くんがさも当たり前のように座って……いないですね。
彼の事だから私を送り届けたついでに夕飯も食べていくのかなって思ったんですけど。
ともかく椅子座った私は改めて足の具合を確認してみました。
そっと包帯を取れば、腫れや内出血は無くなり傷付いた肌も早くも回復してきてるように見えます。
「おや包帯とってしまったのかい」
「え、うん。もしかしてダメだった?」
「いいや。どうせお風呂に入る時には外すしね。
でも先にご飯にしましょう」
「うん」
お祖母ちゃんが持っていたお盆を受け取りテーブルに並べてみれば、明らかに昨日より緑色が多い。
「姫乃がいっぱい採ってきてくれたからね。
今夜は山菜尽くしだよ」
「やった!」
早速おひたしに箸を伸ばして一口食べれば山菜独特の苦味が口のなかに広がります。
ピーマンとかが嫌いな人には無理かもしれないですが、子供の頃から慣れ親しんだ味なので私としてはとても好きです。
お袋の味というか故郷の味ですね。
こればかりはどう頑張っても都会では味わえません。
他には炒め物や茶碗蒸しまで、どれもこれも美味しくて、そして食べれば食べる程元気になっている気がします。
気が付けば沢山並んでいた料理もほとんど空になっていました。
「ふふっ、良く食べたね」
「うん。懐かしい味だったからついね」
「それと久しぶりの山歩きで疲れていたんだろうね」
それもありそう。
じゃなかったら、村基くんの背中で熟睡してベッドに寝かされても気付かないなんてこと無かっただろうし。
ってあれ?
そういえば起きた時パジャマでしたよね。
「ね、ねぇお祖母ちゃん。
私起きたらパジャマだったんだけど、お祖母ちゃんが着替えさせてくれたの?」
「半分ね」
「は、半分!?」
と言うことはひとりでやった訳じゃないって事ですよね。私が寝ながら着替えた訳でも無いでしょうし。
とすると残りの半分は村基くんが!?
「安心なさい。確かにあの子に手伝ってもらったけど、律儀にずっと目隠ししてたから姫乃の裸は見られてないよ」
「そっか」
良かった。もし見られてたら恥ずかしくて次にどう会えばいいか分からなくなる所でした。
まぁ、着替えを手伝ったってだけでも恥ずかしいですがお祖母ちゃんひとりじゃ大変なのも分かりますからね。
そしてお祖母ちゃんは私の赤くなっている顔を見ながら楽しそうに笑った。
「それにしても姫乃が彼氏を作らない理由が分かったよ。
もう既に好きな人が居たんだねぇ」
「えっ」
「昔から仲良さそうだったものね」
「え、昔から?」
「おや気が付いてなかったのかい。
よく小川で一緒に遊んでたじゃないか」
お祖母ちゃんの言葉に思い当たる人物は一人しかいない。
けどあの時の少年と村基くんが同一人物?
いやまさかと思う反面、お祖母ちゃんの人をみる目に間違いはないのも分かってます。
記憶に残っている少年の面影はぼんやりしていて村基くんとは一致しません。
あ、ただあの神出鬼没で誰彼構わず助けてしまう所とかは似てるかも。
昔はよく一緒に近所のお爺さんのお手伝いとかもしてたし。それはお礼にお小遣いやお菓子を貰えることもあってちょっと楽しかった思い出です。
「あ、それで私の家の場所が分かったんだ」
「いや、あの子も当時の事は覚えてなかったみたいだよ。
ここには途中で佐藤さんに会って道を教えて貰ったって言ってたし」
「佐藤さん……ああ、トラックの」
山に行くときに送ってくれたおじさんが確か佐藤さんです。
間の良い人というか、帰り道でも会えたんですね。
ただ道を教えて貰ったってことはトラックで送ってもらった訳じゃないのか。
きっと村基くんの事だから、トラックに乗れば流石の私も起きてしまうと考えてそのまま歩いて来たんだと思います。
まったく1時間も歩く位なら起こしてくれても良かったのに。
「それでその村基くんは帰っちゃったの?」
「ああ。夕飯にも誘ったんだけどね。
まだやることが残ってるからって足早に帰っていったよ」
それ、もしかしなくても私の為に作業を放り出して来てくれたんでしょうね。
ああ、なるほど。この自分を後回しにして人助けするところとかあの男の子そっくりかも。
『ゆーせんじゅんいでししゃせんたくなんだ』
よくそう口癖のように言ってましたね。
懐かしいです。
あと選択するのは死者じゃなくて取捨です。




