78.ピンチの後
いたたた。
まあある意味痛いで済んでるのだから良かったのかも。
振り返り今落ちてきた崖を見上げてみれば傾斜角80度。高さにして3メートルくらいか。
若干斜面になってたから軽傷で済んだってところね。
「よっ、っつぅ」
立ち上がってみれば足首に痛みが走りました。
落ちた時に石にでもぶつけたかな。
赤くなって少し血も出ています。この感じだと骨に異常はないと信じましょう。
それと時間が経てば腫れあがってくるかも。
無理すれば歩けなくは無さそうだけどこの崖を登るのは無理っぽいです。
山菜の詰まった籠や鞄を置いてきてしまったので取りに戻りたいのですが、上手く迂回して戻れるかどうか。
更にはこの足で下山して家まで歩かないといけないんです。
行きの時みたいに誰かが通りかかってくれるのを期待するのは賭けなので、最悪2時間くらいは歩き続けないといけない。いや怪我してるから3時間はみないとかな。
そして泣きっ面に蜂というか弱り目に祟り目っていうんでしたっけ。
「グルルルッ」
野犬が1匹、私の事を遠目に見て唸っています。
さっき私のお弁当を奪っていったのより毛が赤みがかっている気がするので別の個体でしょうか。
つまりこの山には2匹以上の野犬が生息していることになります。
1対1でも戦ったら危ないのに1対2とか勝ち目がない気がします。
こっちは足も怪我してるので満足に走ることも出来ないですから逃げるという選択肢もありません。
そもそも向こうの方が山の中で走る速度は上なのはさっき証明済みです。
「ほら。残念だけどもう食べ物は持ってないわよ。あっち行きなさい」
怪我をした足を後ろに庇いつつ崖に背中を預けながら虚勢も交えて強気にシッシと手を振ってみました。
すると言葉が通じたのか「わんっ」と一声鳴いて走り去っていきました。
よかった。
少なくとも野犬に襲われる危機はひとまずは去ったようです。
でももしかしたら戻ってくるかもしれないし早めにこの場を離れましょう。
「はぁっ。ふぅっ」
骨に異常は無いと言ってもこの足で歩くのはきつい。
それになぜか思った以上に身体が重いです。
なんでかしら。
「……あ、そうか。単純に運動不足だ」
なんてことは無い。
都会暮らしをするようになってあまり運動をしなくなったから、こうして久しぶりに山歩きをして昔通りに歩けてると思ったけど、実際には体力が減っていてそれが今になって一気に疲労が出てきたんだ。
でもこういう時に立ち止まって座りこんだりしたらダメなんですよね。
一度座ると二度と立ち上がれなくなるって何かの戦争映画でやってた気がします。
勿論今は戦争中なんかじゃないですが。
兎も角、適当に杖代わりになる枝を探しつつこの場を移動しましょう。
「どっこいしょっと」
身体を動かすときの掛け声がまんまお祖母ちゃんみたいです。
別に誰が聞いてる訳でもないので良いですけど。
杖代わりの枝は、思ったより簡単に見つかりました。ちょっと大きくて重いですが贅沢は言ってられませんね。
これで何とか歩けると思ったのもつかの間、どうやらまだ安心は出来なかったみたいです。
「わんわんわんっ」
「わんわんわんわんっ」
犬の鳴き声が近づいてきます。しかも複数。
どうやらさっきの犬が1匹だと危険だと応援を呼んできてしまったようです。
誰かの飼い犬ならお利口だねと褒めるところですが、残念ながら今はそのせいでピンチです。
どうしよう。
さっきと違って今は手元に杖がありますが、牽制になったら良いなって程度です。
でも逃げれる訳でもないし、むざむざ食べられる訳にもいかないので最後まで頑張ってみましょう。
諦めたら試合どころか人生が終了です。
泣いたって危機は去ってはくれません。
こういう時はあの過去なのかよく分からない夢が見られて良かったって思います。
だって今の状況が夢の中に比べれば楽勝すぎます。
私は杖にしていた枝を両手で持っていつでも振り回せるように構えました。
そして木の影から飛び出してきた1匹目に対して全力で振り回しました。
「てぇい!」
「ちょわっ」
……ちょわ?
犬って「ちょわ」って鳴くんでしたっけ。
恐る恐る犬(?)がやって来た方を見れば、え?
「な、なんだ。意外と元気そうだな」
安心した声を発したのは私の良く知っている人でした。
「え、なんで村基くんがこんなところに居るの?」
そう。村基くんです。
学園で別れてからまだ1週間も経っていないので見間違えるはずもありません。
でも村基くんがこんなところに居る理由がさっぱり分かりません。
それにさっきの野犬はどこに行ってしまったんでしょうか。
「アコが何か見つけたって慌てて俺を呼びに来たんだよ」
「あこ?」
「ほらアコ。隠れてないで出てこい」
「わんっ。はっはっは」
村基くんの声に呼ばれて出てきたのはついさっき走り去っていた赤毛の犬です。
今は村基くんの横で大人しくお座りしてて、村基くんに撫でられて嬉しそうにしてます。
「それとチャイもこっち来い」
「バウッ」
今度は私のお弁当を奪っていった黒茶の犬も出て来て、やっぱり村基くんの横にお座りしました。
「まったく人のお弁当を盗むんじゃない!」
「ギャインッ」
村基くんに頭をチョップされてちょっと涙目です。
というか一体何がどうなってるんでしょうか。
ようやくここに行きついた。
大分前振りが長くなりましたがこの夏休みはこの辺りの話の為と言っても過言では無かったり。