76.山菜採りに行こう
結局家の掃除がひと段落したのはそれから3日後。
それでも物置とかは全然手付かずだしまだまだやりたいことは沢山あったんだけどお祖母ちゃんに止められてしまいました。
「こんなぼろい家の為に若い子がそんな何日も時間を使うものじゃないよ。
もちろんその気持ちは凄く嬉しいけどさ。
でもそれよりも姫乃のやりたい事をやった方がいい。
前は良く野山を駆けまわっていたじゃないか」
「あ、あの頃はまだ私も若かったから」
「何言ってんだい。私にいわせりゃ今だってまだまだ若いよ」
「まあそうなんだけどね」
小学生の頃とかは暇さえあれば裏山に行って山菜を採ってたりしてたっけ。
あの頃はまだお祖母ちゃんの足腰も元気で一緒に山に入って食べられる草と食べられない草の見分け方を教えてもらったり、自分たちで採った山菜で晩御飯が豪勢になるのが嬉しかったのを憶えてます。
特に近所のお爺さんから山菜の多くは健康に良いもので長生きに繋がるって聞いてからはお祖母ちゃんに食べてもらいたくて積極的に採りに行ってたのよね。
「よし、それなら久しぶりに山菜採りにでも行ってこようかな」
「そうさね。気を付けて行っておいで」
「うんっ」
そうと決まれば一度部屋に戻って着替えないと。
山に入るなら夏場であっても長袖長ズボンを着て素肌を晒さないようにするのが大事です。
そうじゃないと枝に引っ掛けたり、場合によっては尖った草で足や腕を切ってしまう場合もありますから。
箪笥の中を探せば中学生時代に使っていた服が出てきました。
「よし、まだ着れる着れ……うっ、胸元が苦しいかも」
お腹が苦しいより全然良いんだけどね。
ともかく無事に準備を完了させた私は炊飯器に残っていたご飯でおにぎりを作ってラップで包んで鞄に詰め込み水筒にお茶を入れ、倉庫から背負い籠を1つ引っ張り出して来て家を出ました。
向かうのは片道1時間程の裏山です。
そこまで歩いていくのかと言えば、そうとも限らないのですが。えっと……あっ。
「すみませ~ん」
私は後ろからやって来た軽トラに向かって手を振りました。
軽トラに乗っていたおじさんは私を見てすぐ横で車を止めてくれます。
そのまま車の窓を開けて畑仕事で黒く焼けた顔を出しました。
「おう、どうしたね」
「私、これから山菜採りに山に行くんです。良かったら途中まで乗せてもらえませんか?」
「ああいいとも。じゃあ助手席に乗りねぇ」
「ありがとう!」
ヒッチハイクというと大げさですが、のどかな農村ではこれもよくあることです。
車を走らせながらおじさんは私の顔を横目で見てきました。
「あんた、ここいらじゃ見ない顔だね」
どうやら私が誰か分かってないみたい。
こっちに住んでた頃に何度か会ってるし、それこそ小学生の頃に私一人で山菜を採りに行くときは今と同じように車に乗せてもらった事も何度もある。
「あれ、忘れちゃったんですか?私、藤白姫乃です。
夏休みだからお祖母ちゃんの家に帰って来たんですよ」
「ええっ、あの姫ちゃんかい!?」
私が名乗ったら物凄く驚くおじさん。
「えっと、そんなに私、以前と違いますか?」
「違うも違う。俺はもう、どこの都会のお嬢様が歩いてるのかと思っちまったよ。
はぁ~そういえば今年から都会の学校に行ってるんだってなぁ。
俺の記憶の中ではまだ野山を駆けまわる子供だったんだが、やっぱ都会の空気に触れると変わるんだなぁ」
頭をペシリと叩きながら大きく口を開けて笑うおじさんは私の記憶と全く違いは無い。
最後に会ってから1年も経ってないはずだから当然と言えば当然ですよね。
でも私の方は随分変わって見えるみたい。
お祖母ちゃんも最初は誰か分からなかったみたいだし、自分ではよく分からないけどそんなに変わったのかな。
まあ成長したんだと喜んでおきましょう。
「ありがとうございました」
「おう。最近は野犬が出るって話も聞くし暗くなる前には戻るんだぞ」
「は~い」
山の麓まで送ってもらった私はトラックから降りておじさんにお礼を言うと、おじさんは右手を車の窓から出しつつ走り去っていきました。
山菜が採れるのはここから更に10分以上登った先です。
ここからは整備された道はありませんが、代わりに地元の人たちが行き来して出来た細い山道があるのでそれに沿って登って行きます。
「さ、行きますか」
私は気合を入れなおして山の中へと入って行きました。