65.安上がりな贅沢
教室に戻ってみれば、さっきのは夢か幻だったと言うように全員が見事に目を逸らしつつ脈絡の無い会話をしていた。
中には吹けない口笛を吹こうとしてる奴もいるけど、別に何もなかったんだからそこまで気にしてないんだけどな。
ま、入学当初みたいに「村人Aの癖に!」って突っ掛かって来られるよりかはましか。
そう考えると大分俺もクラスに馴染んだってことだな。
逆を言えばまだ他のクラスや学年の人達からしたら姫様の周りを飛び回る邪魔な奴って認識っぽいけど。
「これでまた村基くんが責められる事態になれば、私が影の首謀者みたいになってしまうのでしょうか」
ため息混じりに藤白がまわりに聞こえるように呟くと、一瞬にして教室内が静まり返り、お互いに目配せをし出した。
たった一言でクラス全員に箝口令を敷いてしまう藤白の影響力は凄いな。
それとクラスの連帯感も。
そのお陰で俺に対するお咎めはなさそうだ。咎められる事は何一つしてないけど。
そして今日も無事にバイトを終えた帰り。
晩飯に惣菜でも買うかとスーパーに寄れば見慣れた人物がいた。
「よっ」
「こんばんは」
「珍しいな。バイトの無い日のこの時間にここにいるなんて」
「ちょっと夜食が欲しくなりまして」
そう言う藤白のカゴの中にはプリンが収まっていた。
どうやらテスト勉強の合間に食べようという魂胆のようだ。
「村基くんはお夕飯ですか?」
「まぁな」
対する俺のカゴには惣菜が幾つかとヨーグルト。
それときゅうりと大根。
それを見て考え込む藤白。多分俺がきゅうりと大根で何を作るのか考えてるんだろう。
なので先回りして答える事にした。
「味噌つけて噛ると旨いんだ」
「はぁ」
「大根は桂剥きにしてツマにしてわさびと醤油で食べるのも良いな。刺身はないけど」
それを聞いた藤白の反応はというと。
「売れない芸人の食事ですか」
「いやいやヘルシー料理と言ってくれ」
なんて事を言うんだ。
売れない芸人さん達に謝りなさい。彼等はもっと大変な食生活をしてるんだから。
流石の俺でも砂糖水やらっきょうだけで生活するのは嫌すぎる。
「村基くんは料理は出来ないんでしたっけ」
「いや、自分で食う分には作るぞ。
キャベツともやしと玉ねぎで野菜炒めとか、パスタを茹でて醤油を掛けて和風スパゲッティとかな」
「……やっぱり安上がりなメニューなんですね」
「リーズナブルと言ってくれ」
肉はなんだかんだ割高だからな。
たんぱく質不足にならないかって問題は別のもので代用してるし、肉って意外と日持ちしないから毎日料理するんじゃなければ買うのは気が退ける。
冷凍庫だって容量に限りがあるし。
そこでふと、藤白は考え込むような仕草をした。
「……お金が無い訳じゃないですよね?」
そう尋ねるってことは多少なりとも俺に金銭的余裕があると考えてるからだろう。
ただこれまで藤白達の前でそんなにお金の話をしたことはない筈だ。
テスト前でもバイトしてるんだからむしろ肉も買えないほど貧乏だと思われてもおかしくないはず。
「どうしてそう思ったんだ?」
「私達と遊びに行った時とか、お財布の中身を気にした様子がありませんでしたから。
それに勉強会だって図書館とかお金の掛からない場所を提案することも出来た筈です」
鋭いな。
確かに貧乏なら遊びに行く時も常に何処が安いかを真っ先に考えそうなものだ。
そこに着目するとは藤白もなかなかやる。
「でも半分正解ってところかな」
「半分、ですか」
「そう。実際そこまでお金に余裕があるわけでもない。
例えば1年寝て暮らせるかと聞かれたら答えはノーだ。
節約すれば半年は何とか行けると思う」
それを聞いて余裕があると思うのかは人それぞれだ。
俺としては3年は生活出来ないとダメだと思ってる。
なので今の俺はまだまだ裕福には程遠いと思ってる。
それでもみんなと遊ぶときに予算を気にしないのはそうすると決めてるからだ。
「贅沢にもさ。無駄な贅沢と有意義な贅沢ってあると思うんだ。
それで言うとみんなといる時間は贅沢をするだけの価値があるって思うよ」
だからお金くらいは惜しまない。
そんなものを惜しんでもっと大切なものを失うのは夢の中だけで十分だからな。