63.姫様からの呼び出し
翌朝。
いつものように自分の席に座って、時間もあるし多少なりともテスト勉強でもするかなぁとパラパラと教科書を捲っていた俺の所、正確には俺の隣の席に登校してきた藤白がやってきた。
「おはようございます、村基くん」
「おう、おはよう」
だけどそこからはいつもとは違っていた。
鞄を置いた藤白は俺をじっと見つめた。
「少しお話があるのですけどお時間良いですか?」
「ん?ああ」
「ここではあれなので人のいないところに行きましょう」
「お、おう」
珍しいな。
藤白がこんな有無を言わせぬような雰囲気で人を呼び出すなんて。
早々に教室の外に向かう藤白を慌てて追いかけた俺の後ろからひそひそと声が聞こえてくる。
「え、なに。もしかして告白?」
「いやないない。そんな雰囲気じゃないし」
「どっちかというと村人Aが姫様を怒らせて折檻されるんじゃないか?」
「折檻て。でも確かに今日の姫様はちょっと怖かったな」
え、もしかして油断したら刺される系?
流石にそれは無いと信じたいけど。
兎も角、全く迷いなく歩く藤白に続いて普段使われていない空き教室へとやって来た。
ただ空き教室と言ってもほとんど埃が積もっていないところを見ると定期的に掃除はされているのかもしれない。
「よくこんな場所知ってたな」
「はい。普段はよく呼び出される場所ですから。
まさか私の方が呼び出しの為に使うとは思いませんでしたけど」
「……あぁ」
つまり入学以来軽く3桁には到達しているであろう告白の場として何度か来たことがあるのか。
もしかしたら学園の穴場スポットを知り尽くしているのかもしれない。
「でもこの感じだと告白じゃあないよな」
「そうですね。残念ながら。
というより、呼び出しの理由は何となく察しているんじゃないですか?」
「告白じゃないとしたらカツアゲかな」
「ふざけないでください」
「ざんねん」
場の雰囲気を和ませようと思ったけど失敗したみたいだ。
まあ昨日の今日だし、その事だとは思うんだけどな。
「藤白のバイトの事か?」
「そうです。何時から私の事を気付いていたんですか?」
昨日も行った駅前の喫茶店で藤白がバイトしてることをいつ気が付いたかと言われるといつだったか。
最初見かけたときは同世代でバイト頑張ってる子がいるんだな、程度の認識だっけ。
あの時はまだどこかで見た覚えがある気がする程度だったから。
「最初にバイト先で見かけて、次の日に教室で藤白を見た時、かな」
「そんなに早くですか!?
あ、参考までに最初に見かけた時に気付かなかったのは何か理由があるんですか?」
「当時はまだ藤白の顔を正確に覚えてた訳じゃないからな。
見覚えはあるからどこかで会ってるはずなんだけどどこだっけ、と思ってたんだ」
「なるほど」
あの頃はまだただのクラスメイトでお隣さんって関係だったからな。
まじまじと女子の顔を観察するのも失礼だし、別に俺はアイドルとかそういうのには興味なかったから。
でも次の日の朝に俺を睨む藤白を見て気が付いた、なんて言ったら怒るかな。
「でだ。記憶から抹消して欲しいと言われてもちょっと難しいぞ」
「流石にそこまでは言いませんけど、秘密にしておいて欲しいです」
「まあ言い触らす事でもないしな。
それに姫様がバイトしてるなんて校内で知られたら大変なことになる、か」
芸能人やらアイドルやらが飲食店オープンしましたっていう話が時々あるけど、それと同じくらいの効果が藤白にはありそうだからな。
最悪、学園の全校生徒があの喫茶店に行列を作りかねない。
それが店側に嬉しい悲鳴になってくれればいいんだけど、変な噂が立ったり、元凶の藤白がバイトを辞めさせられたりする危険性もあるだろう。
藤白もそれが分かっているからあんな変装している訳だし。
「現時点で話が出回ってないことから、多少は信用してくれていいぞ」
「ええ。村基くんが人の事をあれこれ言って回る人じゃないとは信じてます。
けどまぁ念のためという事で」
「わかった。しかしあの喫茶店。俺以外にも結構学園の生徒が使っているの見かけるけど、そっちは大丈夫なのか」
いくら俺が口を塞いでも他から情報が回ったら意味がないと思うんだが。
「あ、それなんですけど、今のところ他の人に私の事はバレてないみたいです。
私自身あれでどうして気付かれないのか不思議なんですけどね」
「昨日の様子を見れば青葉さん達やハルですら気付いてなかったんだよなぁ」
普段なら俺以上にそういう機微に敏いはずの3人が気付かなかったということは他の人で気付ける人はほとんど居ないだろう。
「だから村基くんがどうして気付けたのかが分からなくて」
「だよなぁ」
「もしかして、そんなに私の事をいつも見てた、とか?」
いや、そこで上目遣いで問いかけられてもどう答えろというんだ?