62.視線の先
俺の注文を受け取って慌てて厨房へと向かう店員さんの後ろ姿を見送る。
うーん、あれってやっぱりそうなんだよなぁ。
じっと見てたのが悪かったのだろう。
隣のハルがニヤニヤしながら俺の脇を小突いた。
「どうしました一会君。もしかして彼女が気になるんですか?」
「いや、気になると言えばそうなんだけどな」
俺の奥歯に物が挟まったような物言いに女性陣も色めき立つ。
「へぇ~村基さんってああいう女性が好みだったんですか?」
「わ、私てっきり姫乃さんの事が好きなんだと、思ってました」
「え、いや。あのな」
これまさか、本気で気付かれてないパターンか。
てっきり皆気付いてて気付いてないフリをしてるだけかと思ったのに違ったらしい。
俺としては皆なら暗黙の了解で彼女の事情を察して誰にも言わないだろうと思っていたのにそれ以前の話なのか。
髪型と制服と眼鏡しか違わないと思ってしまうのは俺だけか?
そりゃ口調は接客モードになってるけど歩く後ろ姿とかそのままなんだけど。
でもそれならそれでいっか。
それよりも恋バナの予感にキラキラした目をさせている二人を何とかしないと。
「いや彼女も俺らと同い年くらいだろ?
テストも大体同じ時期にあるんだから勉強とか大丈夫なのかなと心配になっただけだ。
今さっきだって俺達の勉強の話が気になってたみたいだし」
「確かに歳は僕らとそんなに変わらない気がしますね。
でもま、事情は人それぞれですから」
「だな。よし、じゃあ気を取り直して勉強の続きと行こうか。
歴史に関してはさっきの話の他に、年表のこことこの辺りだけ覚えておけば後はうろ覚えでも何とかなるだろう」
「ありがとうございます」
さて、これで庸一とハルの赤点回避はまず大丈夫だろう。
元々そんなに心配するレベルでも無いしな。
このまま全員の苦手科目を克服する方向で話を進めよう。
「青葉さんと魚沼さんはどう?今のうちに聞いておきたい科目とかある?」
「あ、それなら私、数学の図形がちょっと苦手なんですけど」
「私は化学が、赤点にはならないですけど、前回50点を下回ってしまって」
ふむふむ。なんというかイメージ通り?
青葉さんは頭じゃなくて身体で覚えるタイプだと思うし、魚沼さんは典型的な文系って感じだもんな。
「でもそれなら俺じゃなくて庸一とハルでもフォローできそうだな」
「うむ、そうだな」
「えっ。庸一君って、数学得意なんですか!?」
俺の言葉を聞いて頷いた庸一を見た青葉さんが驚く。
いやそこまで驚く事でもないと思うんだけどな。
「……一会。俺は脳筋だと思われていたんだろうか」
「うん」
ガクッ。
折角なので面白半分に庸一には止めを刺しておいた。
それを見てオロオロしだす青葉さん。
「あああ、ごめんなさい。えとえと、じゃあこの図形の問題なんですけど……」
「お、おう。えっとだな、それはここに補助線を引けば……」
出だしこそ躓きかけたけど、後は大丈夫そうだな。
ハルの方はマニアックなうんちくに話が逸れなければ大丈夫だし任せても良いだろう。
……一応監視は怠らないけど。
その間に俺は俺で新しいノートを取り出してテストの要点を纏めていく。
所々色を変えて視覚的に分かりやすくしたり吹き出しを付けて『ここに注目!』みたいなのとマスコットキャラもちょいちょい描いていく。
「~~♪」
「「……」」
気が付けば4人共勉強の手を止めて俺のノートを見つめていた。
「ん?どした、みんな」
「随分と楽しそうにノートを纏めていたなと思ってな」
「そ、そうか?」
「ああ。まるで誰かを喜ばせる為に裏工作をしている時のようだったぞ」
「分かります。一会君って見えないところでコソコソやってる時が一番楽しそうですからね」
「いやそんなことも無いだろう」
「今度こっそり写真でも撮ってお見せしましょう」
「そういうのって無自覚だからな」
む、付き合いが長いこの二人が言うのならそうなんだろうけど、そんなにか。
「それで誰用のノートを書いてたんだ?」
「あ、庸一くん。そこを聞くのは野暮ってものですよ」
「そう、ですね。きっと明日か明後日には分かると思いますし」
意味ありげな女性陣の言葉を受け流しつつ、キリの良いところまで書き終えた俺は時計を見て言った。
「ぼちぼちいい時間だし、今日はこれで終わりにしようか」
「「はい」」
「あ、俺先にお手洗い行ってくるから会計頼む」
千円札をハルに渡しながらトイレに向かった。
戻ってくる頃には会計も終わるところだったので俺は席に残してきた鞄を拾い上げて皆に合流した。
「じゃあまた明日」
「おう」
「「さようなら~」」
店を出たところで解散し、俺はノート1冊分軽くなった鞄を持って家路へと向かった。