48.少しずつ成長する日常
またここ(前回)からは藤白視点でお送りします。
梅雨前線の過ぎ去った日本の6月を何と呼ぶかと言えば、初夏が一番似合いそうです。
春と言うには汗ばむ陽気だし、かといって7月を過ぎた倒れそうになる暑さでもない。
恐らく日本では特に過ごしやすい季節と言えるでしょう。
学園での生活も2カ月が過ぎ、私は姫様と呼ばれるのにも慣れて来ました。
それともうひとつ慣れたものがあります。
「あの姫様。ちょっと良いですか?」
「はい、なんでしょうか」
見知らぬ男子から声を掛けられました。
この雰囲気からしてあれですね。
「ここじゃあれなんで、何処か人の居ない所で話したいんだけど」
「すみません。これからお友達と約束がありますので」
「いやそんな時間は取らせないからさ」
はぁ。
『そんなに時間は取らせない』ですか。
言ってる本人に悪気も自覚も無いのだろうけど、この言葉を言う人を私は信用しません。
それが正しく守られる事はごく稀ですから。
だって『そんなに』の基準は人によって違うんです。
1分なのか10分なのか、はたまた1時間なのか。
流石に1時間はないだろうけど移動時間を考えれば5分は確実に浪費します。
そう。浪費。間違いなく。
そして私は彼のために時間を浪費出来るほど裕福ではありません。
「藤白さ~ん。お待たせしました!」
そう言って駆け寄って来たのは青葉さんです。
先日カラオケに一緒に行ってから仲良くなり、以来こうして時々お昼をご一緒しています。
「どうやら時間切れのようですので失礼します」
「え、ちょっ」
「青葉さん、行きましょう」
話し掛けて来た男子にお断りをしてから青葉さんと一緒にその場を移動しました。
その時にはもう、さっき話し掛けてきた男子の事は記憶から消えていました。
その後で。
取り残された男子には他の男子が肩を叩いて話し掛けていた。
「最近、姫様のガードが厳しくなったな」
「ああ。以前なら呼び出しにも応じてくれたのに、今ではその場で二言三言会話するのが精々だもんな」
「それでもその場で告白して玉砕する猛者がまだ居るけどな」
「噂では本命が既にいるらしい」
その言葉に騒然となる男子たち。
「え、誰だよ。紅の王子には天使が居るし聖騎士はおととい3度目の玉砕をしたばかりだろ。
他に誰か居たか?」
「体育祭の時の狐剣士かなぁ。結局あれは誰だったのか」
そんな話をする男子に対し女子は冷ややかだ。
「いや、普段の姫様を見てたら分かるでしょうが」
「うん。まともに姫様と話をしてる男子なんて一人しか居ないし」
「まぁまだ付き合っては居ないみたいだよ。現状は良くてライク止まりでラブまで行ってないよね」
「もしかして姫様って鈍感系だったり?」
「あ~わかるぅ。
でもでも、私達と恋愛観が違うのかもねぇ」
「私だったらあんな毎日のようにどうでも良い男子に告られてたら男子に幻滅するけどね」
「やっぱたまには本当に格好良い男性からチヤホヤされたいよね」
「それよ!」
「また今度あそこ行こうよ。ちょっと割高だけど目と心の癒しは大事よね」
そんな会話がされてた事は露知らず。
私は青葉さんと一緒にいつもの学園の裏庭へと来ていました。
最近は晴れていたらここでランチを食べるのが定番になりつつあります。
「あ、ふたりとも。いらっしゃい」
そう言って出迎えてくれたのは魚沼さん。
ただ周りを見ても他には誰も居ないみたいです。
「他のみんなは今日は居ないんですか?」
「うん。何か作業があるからって」
「そうですか」
普段なら村基くんを始め多い時で7人でお昼を過ごしてるので3人だと静かですね。
「ふぅ」
「あ、ふふっ」
「?」
魚沼さんが私を見て笑ったみたいですけど何でしょう。
あ、そうそう。魚沼さんと言えば初対面の時は内気な印象でしたが今ではすっかり明るくなりました。
笑顔が増えたと言ってもいいでしょう。
今ではいじめを受けてたとは思えない程、クラスでも仲良しが増えたそうです。