35.決着
それは無意識の行動だったと思う。
俺を叩き潰さんと振り下ろされる木刀。避ける事を諦めた両足。
だけどその中で右手だけは何をすれば良いのか分かっているように自然と持ち上がった。
パァン!
激しい打撃音。
それは俺の頭が潰れた音ではなく、俺の右手と木刀が接触して木刀が弾け飛んだ音だった。
「はっ?」
「なに、が」
これには俺も先輩も何が起きたのか分からず呆然としてしまった。
(ふむ。戦場で居眠りとは、よほど死にたいらしいな)
「はっ」
先に正気に戻った俺は今の体勢、つまりお互いに手を前に出して握手すら出来る状態を見て行動を起こした。
「先輩、握手です」
「お、おう?」
まだ事態が飲み込めてない先輩の手を握手と言いつつ外側から手首を取って、更に混乱を誘うように俺は自分で後ろに倒れた。
そして自重という位置エネルギーを運動エネルギーに変えて先輩を引き込みつつその下腹部に右足を添えるように当てて気合一閃。
「せいっ」
ポーンと飛んでいく先輩。いわく巴投げだ。
先輩は終始意味が分からないと言った顔でそのまま平均台の外に落ちていった。
受け身も碌に取れてなかったけど背中から落ちたし下はマットだから怪我は無いだろう。
「勝負あり!勝者、村人A」
「「おおおぉぉ~~!!!」」
沸き上がる歓声によっこいしょと立ち上がって手を振って応えた。
それを見て思い出したかのようにスピーカーから声が響き渡る。
『皆様ご覧になられましたでしょうか。
最終戦に相応しい激しい戦いに私、実況を挟むことが出来ませんでした。
目にも止まらぬ剣戟の末、両者の木刀が弾け飛び、最後の決まり手はなんと巴投げでした』
『あの狭い平均台の上でよく投げられたと感心してしまいますが、それより注目すべきは黒騎士の木刀が弾け飛んだことです。一体何が起きたのでしょうか』
『いま、VTR映像が届きましたので見てみましょう。
村人Aの木刀が飛ばされて、この後です。
黒騎士の木刀が振り下ろされ、それを迎え撃つように右手を上げる村人A。その手には確かに何も持っては居ません。
しかしその手が木刀に触れた瞬間、まるで爆発したかのように木刀が弾け飛びました!
これは一体何でしょうか。まるで魔法を見ているかのようです』
『信じられないことですが、無刀取りと呼ばれる技です。白羽取りより難しいと聞いた事がありますが』
『その後、やった本人も呆然としていることから偶然出来てしまっただけなのかもしれません』
『まぁそうでしょう。少なくとも村人Aが修得出来る技ではありませんからね』
『そこから遅れるように村人Aが後ろに倒れていきます』
『これも偶然黒騎士の手を掴んでいたんでしょうね。咄嗟のことに黒騎士が自分から飛んでいったように見えます』
その解説を聞いて勝者の俺を讃えようと集まってきた奴らは「まぁそうだよな」「ナイスラッキーパンチ」と軽い感じに肩を叩くだけで離れていった。
残ったのは庸一たちと、対戦相手の黒部先輩だ。
俺に向けて右手を差し出す先輩。
「完敗だ。まさかあそこで投げ飛ばされるとは思いもしなかった」
「あはは、まあ偶然上手く行っただけです」
謙遜する俺に何を思ったのか先輩はビシッと背筋を伸ばした。
「確か村基と言ったな。その名、我がライバルとして魂に刻ませてもらう。
君は村人などで終わる漢ではないと我は確信したぞ」
「は、はぁ。ありがとうございます」
「再戦の時を楽しみにしている。さらばだ」
最後まで厨二病っぽいセリフを残して先輩は去って行った。
そして閉会式。
今回の優勝はC組、ではなくてA組だった。
A組は皇帝のお姫様抱っこレースのポイントもあるし何より平均的な勝率が高かったからな。
むしろそれに追いつきそうだったD組が凄かったとも言える。
ま、何はともあれこれにて終了だ。後は帰って寝よう。
「あ、運営委員の男子は居残りで片付けだから」
「げっ、忘れてた」
委員の先輩に首根っこを掴まれた俺は仕方なくグラウンドに戻るのだった。
一応補足しておきますと、主人公は身体能力的にはそれなりに鍛えた一般人程度ですが、魂に刻まれた記憶と経験は多少引き継いでいます。
お陰で潜在能力については達人クラス(ただし出来る事を覚えていないので通常はほとんど発現しない)という感じだと考えてください。