30.ナイト選考会
救護テントを出ると、そこには既に藤白がここに居るという情報が回っているらしく大勢の男子が待機していた。
テントの中にまで押し掛けて来なかった辺り、まだ理性は残っているのかな?
ただそれも藤白が顔を出すまでだ。
藤白がテントから出てきた瞬間、彼らはまるで軍隊のように揃った動きを見せた。
ざっ、ざっ。
「「「姫様。どうか私に姫様をお連れする栄誉をお与えくださいませ」」」
片膝を突き頭を垂れて右手を差し出す。
それは遠目に見ればパレードか式典のようで綺麗なのかもしれないが、目の前でされた側としては怖いだろう。
藤白の頬は横に居る俺にはよく分かるほどひきつって居た。
なお、彼らの目には俺は見えていない模様。
そこへ放送席からルール説明が流れてきた。
『さあ、いよいよ本体育祭の花形「お姫様抱っこレース」に向けて野郎共が動いております。
通称「ナイト選考会」。
こちらは明確な競技という訳ではありませんが、休憩も兼ねて30分ほど時間を設けてあります。
「お姫様抱っこレース」に参加する選手はこの時間の終了までにペアを決める必要があります。
ペアが決まった選手からスタート位置にお集まりください。
なお、この選考会には厳守しなければいけないルールがあります。
破った人は即失格、退場となりますのでご注意ください。
そのルールとは、申し込む側から出来ることはただ一つだということです。
意中の相手に「お願いします」と手を差し出す。これだけです。
それ以上に男子の側から掴み掛かったり、強制強要、視線で脅すことも禁止です。
金銭などによる交渉もこの場では禁止ですからご注意ください。
選ぶ権利は全て相手側にあります。
選ばれなかったからと逆恨みしたり、スタート位置に集まった選ばれた人を嫉妬して妨害をした場合も厳罰に処されます。
なお、女子がナイトになる、または男子がお姫様になることは禁止されていません。
所謂LGBTどんと来いです』
『毎年数組は居るみたいですね』
『ちなみにお姫様抱っこレースの得点は他のレースの5倍。だっこされる側の選手が所属するチームに加点されます。これにより最下位のチームが1位になることも可能となっています。
レース参加はチーム関係なく先着30組となりますのでペアが決まった人はお早めにスタート位置に集合してください』
『優勝の為になりふり構わずペアを組むというのも作戦の一つですよ』
『はい。ですがそれをネタに女子を勧誘するのは禁止なのでご注意ください』
なるほど。
それで皆手を差し出した状態から動かないのか。
男子の中には聖も混じってるし、クラスの勝利に関係無く動く奴もいるみたいだ。
でもこれ、藤白が誰か選ぶまで止めないんじゃないか?
それはある意味脅迫に近いと思うんだけど気のせいだろうか。
そうしている間にも何組かがスタート位置に集まっていた。
『おっと1年D組の大本命。天使が紅の王子の手を取りました!』
『お二人は中学からの付き合いだそうですから順当ですね』
その放送で男子たちの意識が逸れた所で俺は腕を引かれた。って、ハル?
まさかハルが俺とペアを組みたいとか……な訳ないか。
俺はハルに引かれるままにテントの裏へと回った。
「何かあったか、ハル」
「はい。一会君にいま必要と思われるアイテムをお持ちしました」
そう言って差し出されたそれを見て俺は目を丸くした。
「……こんなものを一体何処から用意したんだ?」
「まぁまぁ。それよりそれを着けてちゃんと責任取って上げてください」
「責任?……あぁ、そういえばそうか」
言われた言葉と状況を考える。
思い返せばやらかしてたな。
なら仕方ない。
俺はハルがくれたそれを身に付けて元の場所に戻った。
男子たちはまださっきの状態のままだ。
本気でずっと続けるつもりか?まぁ好きにすれば良いんだけど。
「藤白、手を出せ」
「はい?」
「逃げるぞ」
「は……え?」
俺の顔、正確には狐のお面を被った俺を見て目を丸くする藤白に、ほら早くしろと手を差し出せば首を傾げながらもその手を取る藤白に、周囲の男子どもが目を見張った。
「ちょ、おま。今のは反則じゃねえのか!?」
「そうだそうだ。横から出て来てズルいぞ」
「俺らを見習え!」
「知らん!!」
一言だけ言い捨てて藤白の手を引いてその場を逃げ出した。
「逃げたぞ!追え~~!!」
「姫様をお救いするんだ~~」
「「うおぉぉぉ」」
一瞬にして暴徒化する男子たち。
これはもうルールが何だとか頭から抜け落ちてそうだな。




