3.姫様登場
ガラガラと教室の後ろの扉を開けて一人の女生徒が入って来た。
その瞬間、騒がしかった教室内が静かになる。
「ひめさまだ……」
「姫様のご登場だ」
「あぁ、今日もなんて綺麗なの」
「ほんと。同じ女なのに何でこんなに違うのかしら。嫉妬する気も起きないわ」
一瞬の間をおいて囁かれる言葉はどれも今入って来た女生徒についてのものだ。
それら全てが例外なく彼女を褒め称えていた。
そして注目を浴びているのが分かって、その女生徒も朗らかに挨拶をした。
「みなさん。おはようございます」
「は、はい!おはようございます!!」
「「おはようございます」」
ふわりとたなびくロングヘアーに嫌味の無い優しい笑顔。
鈴を鳴らしたような綺麗な声に、近くに居た男子なんてまるで軍隊かのように直立不動になって固まってしまっている。
更に女生徒がにっこり微笑もうものなら卒倒するんじゃないだろうかと心配になる程だ。
「まったく毎日毎日凄いよなほんと」
ぼそっと呟けばそれを聞いた庸一たちは苦笑いしていた。
幸い庸一たちは姫様信者じゃないからこれで済むけど、酷い奴になると本気で背中を刺しに来そうなのも居るから気を付けないといけない。
と、そうこうしている間こっちに来たな。
「おはようございます」
「ああ、おはよ」
「お、おう」
「おはようございます」
彼女の挨拶に三者三様に挨拶を返す。
庸一は女性全般が苦手だから若干しどろもどろになってるしハルはそもそもが敬語だからな。
結果俺だけフランクに映ったのかクラスの男子からやっかみの視線が飛んでくる。
ったく、仕方ないだろう。隣の席なんだから。
毎日の挨拶くらい普通にさせろ。
姫は周りを気にしつつもゆったりとした仕草で続けて話した。
「みなさんはいつも一緒で仲良しですね」
「まあな。前の学校からの付き合いだし」
「そうなんですね。私は地元が離れているので羨ましいです」
「まあ藤白なら友達くらい幾らでも作れるだろ」
「……そうだと良いんですけど」
小さくそう呟いた声はため息になっていた。
あ、彼女の本名は藤白 姫乃だ。
姫のあだ名はその名前と見た目の美しさ、あと誰にでも分け隔てなく笑顔で接する姿から来ているらしい。
ちなみに『姫様』が正しく、姫と呼ぶと周りが怒る。曰く不敬だと。知ったこっちゃないけど。
ただま、見ての通り周囲から持て囃されるってのは良い事ばかりでは無さそうだ。
ほとんどの奴が微妙に距離を空けてるしな。
それは藤白自身が入学当初からある意味空気を読んでみんなの誘いを断ったからってのもあるんだろうけど。
その藤白は席に座るとカバンから手紙を取り出して読み始め、困った顔をし出した。
「なんだ、またラブレターかと思ったら今回は呪いの手紙だったか?」
「いえ、前者で合っているのですが、その、今日の放課後に会いたいと書いてありまして。
私今日は急いで帰らないといけないんです」
「ああ、そういうことか」
本来ならラブレターをみんなが居る前で堂々と読むのはどうなんだろうと思うかもしれないが、毎週のように来るのでみんな『ああ、またか』と気にも留めなくなった。
藤白自身が前に早く読んであげたいからって言ってたのもそれを後押ししている。
いつもなら返事の手紙を書くか放課後なりに呼び出しに応じて断ってくるところなのだろうけど、今回は断りに行く時間も無いようだ。
ま、困ってるなら助け船の一つも出してやるか。
「誰からの手紙かは分かってるのか?」
「いえ。それが名前が書いて無くて……」
「そうか。まあ解決策はある」
「どうするんですか?」
「まあ見てろ。それより断るって事で良いんだよな」
「はい」
迷いなく頷く藤白。
そこまで確認した俺は周囲に目を向け、ってだから睨むなよ。
隣の席なんだから挨拶ついでに会話くらいするって。
俺は廊下にまで響くように大きな声を出した。
「おい、誰かは知らないけど今日姫様に手紙を出した奴。
姫様は今日の放課後は忙しいそうだ。分かったら顔を洗って出直して来い!」
「「……」」
俺の声に静まり返る教室内。何なら廊下も静かだし、開け放たれた窓から上下階にも聞こえたかな。
返事は当然なし。まあ求めてないけど。
「よし、これで大丈夫だ。もし仮に今のが聞こえてなかったとしても姫様の噂は千里を走るから放課後までには伝わるだろう」
「あ、はは。ありがとうございます」
俺の行動に呆れつつもお礼を言う藤白。
とここで予鈴が鳴ったのでみんな席に戻って行く。
「やはり一会は男気があるな!」
「ふっ、これだから一会君と一緒に居るのはやめられません」
去り際に謎のコメントを残していく庸一とハル。
別にこれくらい普通だろうに。
(もう、あなたには恥じらいってものがないのかしら)
しらんしらん。
どうせ村人Aなんだ。掻いて困る恥なんて持ち合わせてないよ。