29.庸一の負傷
救護テントの中に担ぎ込まれた庸一は意識もなく既に虫の息であった。
なんてことは無くて、慌てて駆け寄った俺の姿を見て「よっ」と右手を挙げられるくらい元気だった。
まあ、それをやった瞬間、身体に走った痛みで顔をしかめたんだからバカな奴だ。まったく。
「すまん一会。下手うっちまった」
謝る庸一に頷きながらさっと症状を確認する。
「……左肩の脱臼か。他に痛い所はあるか?」
「多分それだけだ。まったく担架とか皆大げさなんだよ」
言いながら身体を起こそうとする庸一を手伝って椅子に座らせる。
ふぅ、と息を吐く庸一に、もう役目は済んだと担架を運んできた男子は早々に退室、する前に藤白を見て敬礼していった。
「姫様、ここにいたんですね。
午後のあの競技には是非この葦毛を指名してください」
「いやいや、私馬島をどうぞよろしく」
「はいはい、さっさと行け。治療の邪魔だ」
敢えなく牧野先生に蹴散らされる男子たち。
ま、そんな馬鹿どもは良いとしてだ。
俺は庸一の隣をチラリと見ながら言った。
「庸一。残念だがここは休憩所じゃないらしいんだ。
だから逢い引きはまた元気な時に、なっ」
「いや、なっ、じゃねぇから」
「はぅぅ」
何故かさっきからずっと庸一に寄り添っている女子が1人。
今まで庸一に女子の影がちらつく事なんて無かったのに、一体いつの間に上手いことやったんだ?
俺の笑みに慌てて庸一は右手を振った。
「彼女は馬術部で、さっきの試合で俺の乗った馬の付き添いをしてくれてたんだ」
「って、そうだよ。庸一がやられたって相手は相当の腕利きだったのか?」
自慢じゃないが庸一ならたとえ不慣れな馬上であってもそれなりに活躍できるなず。
なのに防具を付けた上で脱臼するほどの大怪我をするなんて俄かには信じられない。
「さあ。なんか2年の『黒騎士』とか紹介されてたな。防具も全身黒尽くめだったし」
なんだその厨二病全開の奴は。
学園の有名人なんだろうけど俺も庸一もそういうのには疎いからな。
ハルが居てくれたら分かるんだけど。
首をひねる庸一に助け舟をだそうと付き添っていた女子が口を開いた。
「あ、あの」
「ん?」
「えっと、そのぉ」
女子が何かを言おうとしてるけど緊張しているのか上手く言葉が出てこない。
こういう時は下手に急かせても、もっと喋れなくなるだけだから俺達はじっと彼女の次の言葉を待った。
「あ、あの人、馬術部のエースなんです!
だから兵藤さんが負けたのも仕方ないと思います。
それに怪我をしたのだって私を庇ったせいなんです。
だから責めないであげてください」
ようやく喋ったかと思えば顔を赤くして早口で庸一を弁護する女子。
その様子を離れて見ている藤白の目がキラキラしてるし、もしかしてこれはあれかな?
「あ、その。すみません」
ただ、お陰で事情は呑み込めた。
大方落馬した先に彼女が立っていて、それを避けるために無理な姿勢で地面に落ちたんだろう。
「なるほど。事情は呑み込めた。
庸一ならたかだか馬から落ちたくらいで怪我なんかしないと思ってたんだ」
「あの、それより早く治療をしないと」
「脱臼だから急いでもあんま変わらないよ。
それともう填まった」
「はまった?」
関節が外れただけだから上手く填めれば良いだけ。
これくらいなら俺でも出来る。
もちろん脱臼に伴う炎症とかまでは何ともならないけどな。
「会話で意識を反らしてる間にちょちょいとな。
あとは固定して1週間は安静にすることと、炎症を抑える薬と痛み止めの薬を処方してもらって「ゴンッ」あいたっ」
後頭部を殴られた。
後ろを見れば呆れ顔の牧野先生が立ってるし。
「私の仕事を取るな馬鹿者。
と言っても、ふむ。処置は完璧か。だいぶ手馴れているな」
「まぁ中学の時も何度かありましたから」
「ちっ。まぁいいか。
それより兵藤は今日はもう安静にしておけ。
もちろん残りの競技は欠場だ。
それとそっちの女子。確か青葉だったか」
「え、あ、はい。B組の青葉 真子です」
「うむ。君も当分はこいつが暴れださないように見張ってなさい」
「え、それは?」
「要は付き添ってて良いよって事だな」
「あっ。ありがとうございます」
牧野先生は言い方は厳しいけど、何だかんだ優しい先生だからな。
こういう時に追い出したりはしない。
「だが村基。お前たちは出ていけ。定員オーバーだ」
「ええ~」
「それに藤白がここに居たら確実にこの後の競技で元気な馬鹿共が押し寄せて来るからな」
「この後?」
まだ何か問題のある競技が待ってるんだっけ。むしろ問題のない競技の方が少ない訳だが。
救護テントに留まっている間も順調にプログラムは進んでるけど、さて。
えっと、ああ。なるほど。
『ナイト選考会』
ナイトを選ぶって意味が分からなかったけど、この学園の体育祭は真面じゃないのはよく分かったし、
改めてその次の競技と照らし合わせて藤白が強制参加と言われて何かが分かった。
選考会の次の競技はこうなっていたから。
『お姫様抱っこレース』
体育祭ってなんだっけ。