22.王子と聖騎士
聖が何かを言おうとしていたところに颯爽と現れた王子は、いや間の悪い王子は突然その場のほぼ全員から期待の眼差しを浴びせられ得意の王子スマイルを浮かべていた。
(あ~ありゃ完全にテンパってるな)
(だな。助けないで良いのか?)
(そうですよ。ほら泳いでた目がこっちを見つけてキラキラしてますよ)
(ったく仕方ないなぁ)
俺はため息をつきながら『紅の王子』こと紅玉 光へと近づいていった。
何を隠そう、こいつとも中学からの友人でもう1人と合わせてよく5人でつるんでいたのだ。
「よっ。おはよう」
「おはよう、一会君」
俺が声を掛けると付き合いの長い俺達から見ればあからさまに安堵した顔を見せる光。
こいつ昔から人前に立つのとか苦手な奴だったからな。
こうして大勢から注目を浴びるのも遠慮したいのが本音なんだろう。
ただ残念ながらここは英伝学園。顔がイケメンで性格もイケメンなこいつを周りが放って置かない。
俺達が予想していた通りすぐに『紅の王子』のあだ名で呼ばれることになった。
今年の1年で王子と呼ばれるのは彼だけなので、省略して『王子』と呼べば彼のことを指す。
そんな王子に村人Aの俺が話しかけたもんだから周囲からの視線が殺意あるものに変わっていた。
まあそれも分かっていた事だけどな。
「ちっ、誰だあいつ」
「知らないのか?村人Aだよ」
「『紅の王子様』に対してなんて馴れ馴れしい」
「確か中学が同じなんじゃなかったっけ」
「王子と村人A。この場合やっぱり村人Aが受けかしら」
「あ、あんたね」
なにやら怪しい声も聞こえるけど無視しよう。それが安全だ。
それよりもこの微妙になった空気を何とかしてやらないとな。
「まずは光。学年3位おめでとう」
「ありがとう。一会君は?」
「48位。まあそれは良いんだ。
それよりも、あー、そちらにいる女子が学年1位でなおかつ周囲からは『姫様』と呼ばれている藤白 姫乃さんだ」
「そうなんだ。初めまして紅玉 光です」
「藤白です。よろしくお願いします」
ぺこりとお辞儀をして挨拶を交わすふたり。
そうだろうなとは思っていたけど光は藤白を認識したのは今が初めてみたいだな。
あれだけ姫様として学年どころが学園中で噂になっていたのに。
対する藤白も同じなのだから、あだ名で盛り上がってるのは周囲ばかりだってのがよく分かる。
ふたりが挨拶を終えたところで続いてもうひとり紹介しようとしたところでその本人が動いた。
「『紅の王子』。こうしてお話するのは初めてですね。
僕は『聖騎士』の聖 勇士です。どうぞよろしく」
「えっと、紅玉 光です。よろしく?」
ほらそこ。横目で俺にヘルプを求めるな。
光は困惑しながらも聖が差し出した右手に仕方なく自分の右手を差し出して握手をした。
その瞬間、小さく眉間に皺が寄る。
それを見た聖は得意げに言った。
「おっと失礼。少し力が強かったでしょうか」
どうやら聖がただの握手と見せかけてそれなりに強く握ったようだ。
光は線が細いし貧弱だと思われたのかもしれない。それに物腰が柔らかいというか腰が低いからな。
中学時代は強気の奴には絡まれることがあった。
ただそれも俺たちとつるんでだいぶ変わったんだけど。
「あ、いえ。大丈夫です」
「!?」
今度は光の方がにっこりと笑い、逆に聖が顔をゆがめた。
まさかやり返されるとは思っていなかったんだろうな。
ただ光よ。それは悪手だぞ?なにせそいつ間違いなく体育会系だから。
「ふっ、ふふふっ」
ほら言わんこっちゃない。
不敵に笑いながらその目は大好物の骨を前にした犬のようだぞ。
「こんなところに私のライバルが居たのか」
「は?」
「王子。今回の学力試験では後れを取りましたが、次こそは私が勝ってみせましょう」
「はぁ。頑張ってください」
「そして姫様の隣に立つのは誰が相応しいのかはっきりさせようではありませんか」
「??」
「では今日の所は失礼します」
相手の話を一切聞かずに颯爽とその場を去って行く聖。
それに対して光は頭に?マークを貼り付けっぱなしだ。
本人的には手袋でも投げたつもりなんだろうけど、その手袋拾われてないぞ。
「えっと、なんだったんだろう」
「さあな。ひとつ言えるのは面倒なのに目を付けられたなってことだ」
「えぇ~~」
情けない声を上げる光にしてやれることなんて肩を叩くくらいしかない。
(決闘ねぇ。なんでお貴族様はそんなしょうもない誇りの為に命を賭けられるのかね)
時代も世界も変わっても人間のやる事なんてあまり変わらないんだな。