205.バレンタインデー
それはいつもと変わらない月曜日の朝。
しかし学園は不思議な緊張感で包まれていた。
男子は女子の一挙手一投足をチラチラと見ては自分の所に来ないと分かって溜め息をつき、女子はそんなアホ男子を見て溜め息をつく。
そして一部の女子は小さなプレゼントを抱えてソワソワと意中の男子の動向を伺い、その男子は女子の視線に気付かない。
そう。
今日は2月14日。
バレンタインという決戦の日である。
ま、村人Aの俺には特に縁のない話だけど。
「村基君、はいこれチョコレート」
「おう、ありがとう」
「あ、私も。ホワイトデーのお返し楽しみにしてるから」
「わーい、お返しはカンパンとかで良いか?」
クラスの女子からメージの板チョコやらチョロルチョコやらのお布施が配られる。
うーん、これぞザ・義理チョコって感じだ。
個人的には変にお金が掛かってそうなのより何倍も嬉しい。
本命なのか義理なのか分からないのは貰うのも躊躇われるしな。
……そもそも俺に本命チョコを渡そうとする女子も居ないけど。
ただそれでも何も貰えてない男子からしたら呪詛の対象らしい。
「ぐぬぬ、おのれ村人A!」
「なぜだ。なぜ村人Aにはあって俺達にはないんだ」
いや見るからに義理チョコなのにそんな羨ましがられてもなぁ。
だけど、そんな男子に女子はバッサリと回答を告げた。
「日頃の行いでしょ」
「そうそう。
村基君ってお願いしたら二つ返事で手伝ってくれるし、むしろお願いしなくても困ってたら手を貸してくれるし」
「バレンタイン前だけいい格好されてもねぇ」
「私達、姫様が居るからこんな義理チョコで済ませてるんだからね」
なんかツンデレが混ざってた気がするけど、確かに俺以外にも義理チョコを貰ってるのは顔がどうこうではなく、日頃から面倒見の良い男子ばかりだな。
どうやらうちのクラスに面食いは少ないらしい。
「ちなみに姫様はどんなチョコレートを渡すんですか?
やっぱり手作り??」
「あ、わたしも気になるかも!
普通にお姫様って考えたら高級店のチョコレートかなって感じだけど、姫様はどっちかっていうと愛情たっぷり詰め込みましたって感じのが似合いそう」
「まぁ最近だと姫様というか新妻になっちゃってる気がするけど」
姫乃の近くに集まる女子数人。
その目がチラチラと俺に向けられてるのは気のせいではないだろう。
姫乃もそんな彼女らの様子に苦笑しつつ答えた。
「実は一会くん用にチョコは用意してないんです」
ガタッ
いや一部男子。
だからって別れが近いとか自分達にも可能性があるとか、そんなこと無いからな。
「あ、皆さんにはチョコ用意してますよ。
友チョコですけど」
「わぁ、流石姫様。じゃあ私達からも」
「え、俺達の分もあるんですか!?」
「ありがとうございます!
俺一生姫様に付いていきます」
「いえそれは結構です」
「「男子キモイ」」
荷物の量からしてそうなのかと思ってたけど、姫乃はクラスメイト全員にチョコを配っていた。
それを受け取った男子がどさくさ紛れに変な事を言ったので、女子全員からバッサリ切られていた。
まあ同情の余地は無いな。
そして昼休み。
食堂に集まった俺達の所には今日から瑞希先輩と綾香先輩も合流することになった。
まぁ毎回ではないとはいえ、黒部先輩も含め10人近い大所帯になってきたな。
今後は幾つかに分かれて座ることも考えないといけないか。
「それで瑞希先輩。その箱はもしかして」
「うん。村基君へのプレゼントよ」
どどんと置かれたのはどこからどう見てもケーキボックスだ。
中から出てのはかなり大きなチョコケーキで、若干歪なことから見るからに手作り。
凄いしここまで頑張ってくれるのは嬉しいけど困る。
「先輩。嬉しいんですけど一人で食べ切れる気がしません。
ここに居るみんなで食べても良いですか?」
「あ、やっぱり?
そう言われると思ってこのタイミングに持ってきたの。
みんなも遠慮せず食べて」
「そういうことなら」
「頂きます」
とは言っても最初の入刀は俺がするのが筋かな。
なので未使用のナイフを取り出してスパッと10等分に切り分けた。
ひとつ余るのはお腹に余裕のある人が食べるということで。
「あ、美味しい」
「ほんと、お店に出せそうなくらい」
「甘いのは苦手だがこれなら」
「「……」」
「どした?」
俺と姫乃、ハルと庸一は普通にケーキを食べ始めたけど、他のメンバーは何か驚いてるな。
何かあっただろうか。
「何平気な顔でただのナイフで綺麗にケーキをカットしてるのかな」
「いややっぱり多少潰れたし、俺の腕もまだまだですよ」
「はぁ〜」
「一会君ですからね。
こんなのに驚いてたら切りが無いですよ」
「そうね。頑張って慣れるようにするわ」
何故か珍獣呼ばわりされている気がする。
ま、良いんだけど。
「それより、一昨日の件はもう広まってるみたいですね」
「立て続けに2件ですから。
事故の方はニュースにもなってたし先輩の姿もバッチリ映ってましたから全国デビューとまでは行かなくてもローカルではかなりの有名人です」
「よっ、『あひる姫』!」
「きゃーやめてーー。折角忘れようと思ってたのに」
新たに付いたあだ名で呼ばれた瑞希先輩が耳を塞いでイヤイヤしてる。
『あひる姫』っていうのはある童話に出てくるアヒルの女の子だ。
王子様に憧れて頑張った結果、行く先々で事件に巻き込まれて行くちょっぴりドジで不幸な女の子。
「良いじゃないですか。可愛いですし」
「いやよ。あひる姫は最後、王子様とは結ばれないのよ」
「良いじゃないですか。それとも先輩は王子様と結ばれたかったんですか?」
「……言われてみればそうね」
繰り返し姫乃から言われて納得してしまう先輩。
その際、俺の方をチラッと見てたのは、まぁうん。俺は確かに王子様じゃないし?
俺みたいなのが好みだっていう先輩ならむしろ王子様から告白されたら困ってしまうのかもしれない。




