203.不幸を呼ぶ少女
結局俺のバイトについては聞かれなかったけど、守秘義務があるからどっちにしろ答えられることは限られている。
例えば男爵令嬢と公爵令嬢が実は常連客だとかいう情報だ。
俺のことを見ても顔色1つ変えてなかったし気付かれてはいないはず。
だから多分キヒトの姿で何かお願いすれば二つ返事で叶えてくれるだろう。
やらないけど。
「よし、じゃあぼちぼちお開きにしようか」
「あ、もうこんな時間なんですね」
「じゃあ私会計してくるから先に出てて」
「はい、お言葉に甘えてゴチになります」
レジに並ぶ瑞希先輩を残して俺達は先に店の外に出た。
2月半ばの今はまだまだ寒さが厳しくてコートを着ててもまだ寒く感じる。
特に携帯を触る関係で手袋とかはし難いから指先とかは冷える。
と、なんだ?
なにやら通りの向こうが騒がしいけど……!?
「みんな気を付けて!」
「げっ、車が暴走してる!?」
騒ぎの元を辿れば1台の乗用車がアクセル全開で走って来ていた。
運転手は、何か発作を起こしたのか意識を失っているようだ。
ただ、今俺達が居る場所は車の進路からは外れているから慌てて動く必要は無さそうで、そこだけは良かった。
騒ぎを聞いて皆避難してるし、このまま上手く行けば前の車に追突して止まるだろう。
対向車線に飛び出したりすると危ないけど。
なんて悠長に考えていたら車の進路がこっちを向いた!
「みんな退避!」
「はいっ」
俺が言うより先にみんな動き出してるし大丈夫。十分間に合う。
しかしそんな俺達を嘲笑うかのように、最悪のタイミングで扉が開いた。
「みんなお待たせ〜。レジの調子が悪くて時間掛かっちゃった」
「先輩っ!?」
会計を終えて出てきた先輩は、まだこの騒ぎに気付いて居ない。
そして暴走車はどんな運命のイタズラか、先輩に直撃コースだ。
「先輩ジャンプしてっ」
「へ?って、きゃああっ」
慌てて駆け寄ってきた俺の言葉に反応出来ない先輩の腕を掴んで思いっきり引っ張り暴走車の進路から外した。
しかしその反動で俺はその場に取り残された。
もう目の前に迫る車。
これは避けれないな。なんて若干スローになった意識で考える。
「一会くん!!」
「はっ!」
姫乃の声に固まっていた身体が動き出す。
しかし。
ガシャンッ!ドゴッ!!
「きゃああああっ」
吹き飛ぶ店の扉。
砕け散るガラス片。
潰れる車のフロント。
そして跳ね飛ばされて宙を舞った俺の視界は真っ赤に染まった。
……
…………
………………
薄暗い部屋の中で余裕の笑みを浮かべる男がひとり。
ああ、これはいつもの夢か。
初めて見る内容だけど雰囲気で分かる。
その男が俺を見て言った。
『君は邪神が何か知っているかい?』
『なに?』
『邪神。今でこそそう呼ばれているが、元は何処にでもいる普通の少女だった。
ただそう、世界中から不幸を無くしたいと毎日神殿で祈りを捧げるような、そんな優しい少女だった。
それがある日、女神がその少女の願いを聞き入れてしまった事で歯車は動き始めた』
女神、ね。
なんかそれだけで分かった気がする。
あの女神かは知らないけど、どうせ碌でもない対価を提案されたんだろう。
『女神は世界中の不幸を取り除く魔法を少女に授けた。
ただし取り除いた不幸は無くなる訳じゃない。
それは全て少女が受け負う事になる。
その説明を聞いた上で少女は魔法を使う事を決めた。
世界中を少女が旅して周った後には確かに不幸が消えていたそうだ。
代わりに人では到底抱えきれない不幸を背負った少女は、気が付けば不幸そのものへと変貌していた。
近くにある不幸を生み出すものに対して、負のエネルギーを増幅させて喰らい尽くす存在へと。
それでもなお少女の魂は世界を救いたいと願っているのだ』
それを聞かされてどうしろというのか。
その少女に同情することは出来ても、だからと邪神の復活を見過ごす訳には行かない。
出来ることといえばそう、その邪神の源とも言うべき女神の魔法を打ち砕いてやることくらいか。
『お前なら少女の魂さえも救ってくれる気がするのだがな』
『買いかぶりだ。
俺は最愛の人を守るので精一杯さ』
そのついでに救える奴も居るのかも知れないけど、な。
『ふっ、それで十分だ。
では期待しているぞ』
まったく自分勝手な。
この感じ、もしかしてお前神様だな?
って意識がぼやけてきた。
どうやら目が覚めるみたいだな。




