202.問題はなかった
まあ終わったことは良いんだ。
王貴学院としても今回は引き分けという形で決着したので負けて禍根が残るって事も無いと思う。
皇子も無駄にプライドは高そうだけど、根は良い奴っぽいし今日の事で後から何かしてくることも無いだろう。
若干その兄が心配ではあるけど。
家のプライドを守る為なのか弟を確実に勝利させる為なのかは分からないけどプロを使って誘拐までするくらいだから、これで弟が負けはしなかったものの勝てなかったと聞いてどう反応するか。
「あ、そうそう。ここの支払いは私が持つわね。助けてもらった恩もあるし」
「え、いや普通に割り勘で良いんじゃないですか?」
「だめだめ。それに今私お金持ちだし」
「は?」
突然金持ち発言をし出した瑞希先輩に首を傾げていると、そっと財布の中身を見せてくれた。
「「っ!?」」
「ね?」
余り女性には似つかわしくない革の長財布の中にはお札が1センチ近く詰め込まれていた。
えっと確か1万円札って100枚で1センチだって何かの雑学で聞いたから、つまりそういうことだ。
「どうしたんですか、そんなに」
「慰謝料と口止め料だって誘拐犯のおじさんが別れ際に渡してきたの」
「それはまた」
誘拐犯個人がそんなことをするとは思えないので上、というかクライアントからの指示だろう。
『金で全てを解決する気かこの成金め!』
と言いたいところではあるけど、結果だけを見れば先輩は怪我1つしてない訳だし、たった1日で100万近く稼ぐバイトをしてきたと考えればまぁ悪くはないか。
先輩の様子からしてそこまで怖い思いをしたのでもないようだし。
なら本当にこれで全て解決でいいか。
「じゃあ後の問題は」
「え、まだあるの?」
「この件とは全く無関係なんですけど明日からのバイトが大変だなと思って」
「「??」」
俺の呟きに姫乃以外は首を傾げる。
この中で姫乃だけは俺のバイトの事を知ってるからな。
「そっか。一会くんのバイト先はバレンタイン前日から忙しいんですよね」
「まぁ通常のバイトよりも多めに給料貰ってるしな」
「私の方は先週からフェアをやってるので当日だからって特に変わらないんですよね」
「え?」
俺に応えた姫乃の言葉に今度は先輩だけが驚く。
俺の方はともかく、姫乃の方の喫茶店はみんなで良く利用してるし、注文を取りに来るウェイトレスが毎回同じでしかも親しげとなれば、流石にここの皆には正体はバレている。
だから先輩だけが姫乃のバイトの事を知らないんだ。
「どうかしましたか?」
「いやえっと、姫様もバイトなんてするんだなぁって思って」
「しますよ。一会くんと違って普通の喫茶店のウェイトレスです。
それより気になったんですけど、いつまで姫様呼びなんですか?」
「え、姫様は姫様で……あ」
「もうファミリーの一員なんですから普通に名前で呼んでも良いと思います。
姫様だと変に畏まられてる感じもしますし」
「ってまだそのファミリーネタ続いてたんだ」
俺のツッコミはスルーされて、先輩はちょっと視線をずらしながら顔を赤くして「あー、えっと」と呟いた後、
「じゃあ藤白さん?」
「そこは姫乃で良いですよ。私も瑞希先輩って呼ばせて貰いますね」
「あ、うん。なら姫乃さん」
ぎこちなく名前を呼び合う姿は微笑ましくもあり、しかし何故か背中を冷たい汗が流れた気がする。
周りをみればハルと庸一がニヤニヤしてるし、青葉さんと魚沼さんはハラハラドキドキ。
え、あれ。
もしかしてこれ修羅場?
いやだってさっきまで普通に話してたのに。
今も2人とも笑顔だし大丈夫、だよな。
「姫乃さんはその、村基君の周りに女の子が増えても気にならないの?」
「気にはしますけど、仕方ないのかなって思ってます。
私としては一会くんを束縛したくはないのです。
私に出来るのは私が居ないと生きていけないってくらい惚れ込ませるだけですね」
にっこりと笑う姫乃の言葉に先輩は感銘を受けたように頷いた。
だけど俺には「逃しませんから覚悟しておいてくださいね」って副音声が聞こえたような気がしたけど気のせいだよな。
まぁ元より姫乃から離れる気は一切無いけど。




