192.口の利き方に気を付けてもらおう
それまで静かに事の成り行きを見守っていた姫乃がすっと前に出た。
その表情は薄く笑みを浮かべているけど、知り合いが見ればすぐに怒ってるのが分かる。
「王貴学院では自分は名乗りもせずに相手に名乗らせるのが常識なのですね。
そちらでは村人Aと名無しのその他だとどちらが偉いのでしょうか」
「なっ、我を」
「ああ、申し遅れました。
私は藤白 姫乃と申します。当学園内では姫様で通っております」
相手に返す暇を与えずにさっさと自分も名乗りを上げてしまう姫乃。
こういう手合いにはきちんと付き合わないのが上策だよな。
であれば無駄話をしてないで彼らを生徒会室まで送り届けてしまうのが良いか。
「では本校の生徒会室までご案内します。
大人しく付いて来てください」
「いやちょっと待て!」
「……まだ何か?」
歩き出そうとしたところで渋々足を止める俺達。
さっと振り返った姫乃は相変わらずの笑顔なんだけど、やっぱり女の笑顔は怖いなぁ。
それに気づかない相手の鈍感さも怖いけど。
その鈍感金髪少年はサッと髪をかき上げながら、多分本人としては格好いいポーズを取りながら、やっぱり偉そうに話した。
「ふっ。庭園に咲く薔薇も美しいが、君は野に咲く一輪の薔薇のようだ。
その美しさに免じて我の名を聞くことを許そう」
「あ、いえ。結構です」
「は?」
「お話は以上ですか?では参りましょう」
「ちょっ、おい」
「ぷぷっ」
にべもなく男子の言葉をぶった切る姫乃。
その様子を見ていた集団の後方に立っていた学院生から笑い声が漏れる。
俺達まで聞こえたという事は、当然その中間に居る金髪君にも聞こえた訳で、彼はキッと後ろを振り返った。
「何がおかしい、辺境伯」
「すまない。皇子がここまで無碍に扱われるのが面白くて。学院では中々見られないからね」
答えたのはさっき見た時に唯一まともそうだと感じた男子か。
この集団の中で彼だけは地に足が付いているというか、他よりも大人の風格を持っているように感じていた。
「まあまあ皇子。ここで言い争っても辺境伯に笑いのネタを提供するだけですわ」
「そうです皇子。早く行って早く終わらせて、ゆっくりお茶にでもしましょう」
「公爵令嬢と男爵令嬢がそう言うなら仕方ない。だが帰ったら覚えていろよ」
皇子と呼ばれた金髪少年を左右から挟むように金髪ロングの女子と赤毛の女子がくっつく。
皇子に辺境伯に公爵令嬢、男爵令嬢か。
それが向こうの学院でのあだ名に相当するものなんだろう。
残りは神官長とかか。
しかし物語とかで言えば男爵令嬢は下剋上ポジなんだけど特に公爵令嬢と仲が悪かったりする訳じゃなさそうだ。
これがうちの学園だったら「男爵令嬢らしく下剋上しろ」って怒られそうだな。
下剋上を促されるっていうのも不思議な話だけど。
更に言えば。
(皇子らしさも足りてないな。あれじゃあ傀儡にされるかクーデターを起こされるか)
(見掛け倒し。もしかしたら親の七光りなのかもしれませんね)
俺達からの評価はかなり低いが、だけどあれが向こうの学院の代表なんだよな。
他人事ながら大丈夫なんだろうかと心配になってくる。
あと一番最後尾に立っている教師と思われる2人がここまでのやりとりに一切干渉してこないのは何故だ?
どことなく距離を空けているようにも見えるけど。
……あぁそうか。巻き込まれたくないって所だな。
保護者として万が一の時には動くけど、学生同士の小競り合い程度なら大きな問題にはならないし、ただでさえ普段の授業で疲れているのにそんなことまで面倒見れるかって話か。
ある意味実に大人な対応だな。
こっちとしてはモンスターペアレントならぬモンスター教師じゃなくて良かった。
お陰でそこからは特に問題も無く生徒会室まで辿り着けた。