187.迷子を探せ
さて、いつの世も捜索っていうのは時間との勝負だ。
時間が経てば経つほど子供の行動半径は広がってしまうし、デパートの外に出られたら見つけるのは困難だ。
とは言っても俺達が焦って事故ったり大事な情報を見落としては意味がないので冷静に。
『一会くん、今いい?』
「ああ、大丈夫だ」
迷子センターに向かった姫乃からの電話だ。
『良い情報と悪い情報があるけど、悪い方からですよね』
「もちろん」
『うん。一会くんの見立て通り、迷子みたい。
こっちにお母さんが居ました。
子供の特徴も一会くんが言ってたので間違いないって。
3歳の女の子で名前はさつきちゃん』
「オッケー。それだけ分かれば大丈夫だ。
それで良い情報は?」
『防犯カメラの記録を確認したけど、少なくとも外には出てないって』
「それは助かる」
これでさっきの懸念は解消された訳だ。
だけど。
ちらりと視線を持ち上げれば防犯カメラは数か所あるのが分かる。
それなのにさっきの話から考えて玄関口にあるのを含めてカメラに映っていないのだろう。
「じゃあ姫乃は今の話を先輩達にも伝えつつこっちに戻ってきてくれ」
『分かりました』
俺は情報を整理しながら捜索を続けた。
例えば自分がその小さな女の子だったらどう行動するか。
犬を見かけたらついつい付いていってしまうくらい動物好きで好奇心旺盛だとする。
それでいて走り回っていればカメラに映らない筈がないから、そこまで遠くには行ってない可能性が高い。
何よりも気になっていた犬よりも興味を惹かれるものは何か。
「一会くん」
「あ、おかえり」
「それで、見つかった?」
「いやまだだ。でも俺の予想が当たってればここに居ると思う」
「ここ?……なるほど」
戻ってきた姫乃にひとつの店舗を指せば、姫乃も納得したように頷いた。
位置的にも俺達が居た洋服店から近く、何よりも。
「ファンシーショップ、ですね」
「ああ。ディスプレイに大きなぬいぐるみもあるし、思わず中に入っててもおかしくない」
俺達は連れ立って店内に入ると注意深く周囲を確認しながら迷子の女の子を探していった。
気になるのは特にそれらしい声が聞こえて来ないこと。
小さな子供なら所構わず大はしゃぎしてるか、自分が迷子になった事に気がついて泣いてるのが定番だけどその気配がない。
と言ってもそこまで広い訳でもないフロアだ。
子供の姿をイメージしながら探せばすぐに見つかった。
ついでに騒いでない理由も判明した訳だがさて。
「寝てるな」
「はい。気持ち良さそうです」
迷子の女の子は大型犬のぬいぐるみ、しかも人をダメにするシリーズと同じ特徴を備えたそれを枕にするように丸くなって寝ていた。
その寝顔はなんとも幸せそうで起こすのが躊躇われる。
「姫乃。何枚か写真取っておいて」
「私がですか?」
「俺がやると犯罪っぽいだろ」
「まぁ確かにそうですね」
姫乃が写真を撮っている間に俺は先輩達に見つかったと連絡し、店員に声を掛けて迷子センターで待っている親にも連絡を入れて貰った。
そうして先輩たちとこの子の母親がやってきたところで、周囲が騒がしくなって来たからだろう。子供が目を覚ました。
「うにゅ〜。あさ?」
寝ぼけたその姿は年相応で、少なくとも何処も怪我とかはしてなさそうで一安心だ。
「さつきっ!」
「あ、お母さん。おはよう」
「おはようじゃないでしょう。
あれ程迷子になっちゃ駄目だって言ったのに。
皆さんにも迷惑を……」
「ちょっとストップ」
迷子になった我が子を叱ろうとした母親に待ったを掛けた。
別に俺達は迷惑とは思ってないし、それに子供の方が何を叱られてるのか分かってなさそうだ。
これじゃあまた同じ事を繰り返すし、そうなると母親から叱られても改善しない子のレッテルを貼られかねない。
なので俺は親子の問題に口出しするのは差し出がましいとは思いつつもお節介を焼くことにした。
「さつきちゃん。お母さんはね。
『可愛いワンちゃんを見付けたのにお母さんに何も言わずに付いて行っちゃうなんて悲しい。
お母さんだってワンちゃん見たかったのに』
って怒ってるんだよ。
さつきちゃんだってお母さんがワンちゃんを独り占めされたら嫌だろう?」
「あ、うん」
しゃがんで子供と目線を合わせつつ落ち着いた声でゆっくりと伝えてあげればちゃんと理解してくれた。
この子はまだ周りが見えてないだけで凄く優しい子なんだろう。
「じゃあどうすれば良いか分かるか?」
「うん。
お母さん、ごめんなさい。
次からはちゃんとお母さんにも教えてあげるね」
「え、ええ。お願いね」
子供に謝られた母親は、ちょっと違和感を感じつつも素直に謝った子供をこれ以上叱ることも出来ず曖昧に頷いた。
それから改めて俺達にお礼を言って帰っていった。
あ、そうそう。
お母さんには姫乃からさっきの写真を送っておいて貰った。
あの写真を見れば今日の事は良い思い出として残ってくれるだろう。