176.ふたりで登校
家を出て駅へ向かう途中、見馴れた頭を見付けた俺はササッと近付きつつその頭の上に手を置いた。
「おはよう姫乃」
「おはようございます一会くん」
特に驚く様子もなく振り返る姫乃。
それが嬉しいような悔しいような。
「もう少し驚くかと思ったんだけど」
「突然女の子の頭に手を置くのは一会くん以外居ないですから」
ちょっぴりドヤ顔の姫乃にほっこりしつつ、ここで立ち止まっている必要もないので頭から手を退かしつつ、姫乃と並んで駅へ向かう事にした。
「頭なでなではもう良いんですか?」
「まぁ歩きにくいしな」
「なでなで中毒の一会くんが。
後で発作を起こしても知らないですよ」
「それは一体どんな病気だ」
姫乃の中で俺はなでなでしてないと死んでしまうらしい。
確かに、ずっとやってて良いなら飽きることなく続ける自信はあるけど。
「それに歩くならこっちかなと」
「あ。ですね」
そっと姫乃の手を握れば、姫乃も嫌がる事なく握り返してくれる。
こういう何気ないスキンシップを受け入れてくれるっていうのは嬉しいよな。
隣を見れば姫乃もこっちを見たところで、目が合ったのでにこっと笑い合う。
そのまま電車に乗って最寄の駅で降りても俺達は手を繋いだままだった。
そこまで来ると勿論同じ学園の奴らも居るわけで、こっちを見て驚いたり囁き合ったりしている。
「……見られてますね」
「そうだな」
「このまま教室まで行くんですか?」
「嫌だったか?」
「いえ全然」
「なら問題なし」
校門を抜ける頃には噂は学園中に広がっていたらしく、道を埋め尽くす黒山の人だかりが出来ていた。
「「……」」
一触即発と言えば良いのか。
入学当初の『村人Aらしくしろ』と先輩方に迫られてたのが懐かしい。
勿論今はその時の数倍、いや数十倍の人数が俺達の前に立ちはだかっているんだけど。
ただ俺達だってこの1年で成長してるからな。
その証拠に姫乃は笑顔のまま、遮るものなど何もないかのように歩みを進めた。
「みなさん、おはようございます」
「「おはようございます、姫様!!」」
姫乃の言葉に背筋を伸ばして応える群衆が、姫乃がもう1歩踏み出しただけで流れるように左右に分かれて道を作った。
これがカリスマって奴だろうか。
これでレッドカーペットでも敷いてあればまさに王族の行進だな。
もしかしたら彼らにはそれが見えているのかも。
ともかく俺達は1度も立ち止まる事なく校内へと入ることが出来た。
一方、残された人達はお互いに顔を見合わせていた。
「やべぇ。姫様がマジ姫様だ」
「お前の語彙もヤバいが言いたい事には同意しよう」
「くっ、この短い休みの間に何があったと言うのか」
「夏休み明けの時も一気に距離が縮んでたしな」
「あの状況でも自然と手を繋ぎ続けるとか普通無理だろ」
「村人Aも姫様に気付かれないように闘気を纏って俺達を牽制してたし、うっかり手を伸ばそうものなら学園の外まで吹き飛ばされていたかもしれん」
「いやいやまさか、ハハハ……あー村人Aならやりかねないな」
「なあ、もしかしてあの2人行くところまで行ったんじゃ……」
「止せ、俺達を殺す気か!」
そんなやり取りがされていたそうだが俺達には関係なさそうだ。
そして教室に入るといつものようにクラスメイトに囲まれる姫乃。
ただいつもと違うのはすぐ隣に俺が居ることか。
「おはようございます。姫様」
「はい、おはようございます」
流石クラスメイトは慣れているのか、笑顔で挨拶を交わして終わりだった。
てっきり質問責めに遭うかもと警戒していたので拍子抜けだ。
「よう一会、藤白」
「おはようございます。一会君、藤白さん」
「おはよう2人とも」
「おはようございます」
席の所で待っていた庸一とハルに挨拶をする。
待っていたってことは今の状況を把握してくれてるんだろうな。
だけどふたりは顔を見合わせ難しい表情をした。
「実は2人が来る前に付き合いたてなんだからそっとしておいてあげようって話してたんですけど、ね」
「これは全く必要ない気がするな。
熟年カップルかって言いたくなるほど落ち着いてるし」
「そうか?」
そう言われて姫乃にアイコンタクトを送れば、姫乃もいまいち分かってないようで一緒に首を傾げた。
「ほらその息の合ったリアクション!
そもそもなんで目で会話出来てるんですか」
「何故と言われても、普段からの会話の量?」
「そうですね。このタイミングでこの表情なら口に出したらこうだろうなって言うのは大体分かります。
違ってたら言ってくれますし、合ってたらご褒美がでます」
俺も大体なら分かるようになってきたし、今は誉めて欲しそうな顔になってるので頭をぽんぽんしておく。
「つまりこういうこと?」
「ですね」
ほわっと笑顔になる姫乃を見た周囲は何故か顔を赤らめて視線を反らしていた。