174.我が家
「一会くんは鬼畜です。
女の子を泣かせて喜ぶ変態さんです」
絶賛涙を湛えながら姫乃が俺に訴えてくる。
「いやでも姫乃がやりたいって言うから」
「だからってもっと他の事もあったと思うんです」
「そうだけど、得意そうにやるって言ったのは姫乃だぞ」
「そうですけど、こんなの聞いてないです!」
俺の胸に顔をうずめながらポコポコと叩いてくる姿は正直可愛い以外のなにものでもない。
それに姫乃が可愛いからニヤニヤしてるだけで泣いてるかどうかは別に関係ないんだけど。
ちなみに俺達が今居るのは台所だ。
ふたりで並んで夕飯の準備をしている最中。
姫乃が包丁捌きは任せてと言うから玉ねぎのみじん切りをお願いしたらこうなった。
「北海道産の玉ねぎは淡路産のに比べて辛味が強いからなって言ったのに」
「でもこれ程だとは思わなかったんです」
グシグシと俺のエプロンに顔を押し付けた姫乃はやっと落ち着いてきたのか顔を離した。
その目は赤くなって潤んでるので確かにそっちの気がある人には堪らないかもしれない。
ともかく俺は姫乃が切ってくれた玉ねぎをバターでじっくり炒めていく。
「一会くんの家ではハンバーグってこうやって作るんですね」
「ああ。やっぱり家によってちょっとずつ作り方違うんだよな。
なら今度は藤白家のハンバーグもご馳走してもらおうな」
「はい。期待しててください」
普段からやっている料理もふたりでやると楽しい。
今後同棲することになったらこれが毎日になるのかと考えると将来が待ち遠しいぞ。
完成したハンバーグの他にご飯と味噌汁なども運んで一緒に食卓を囲む。
「「いただきます」」
ふたりで手を合わせてご飯を食べる。
普段はひとりで食べるのが当たり前で、それがちょっと変わっただけなのに、いつもよりずっとご飯が美味しく感じる。
何というかそう。
「幸せの味、かな」
「どうしたんですか、突然」
「いや、何というかずっとこれを待ち望んでたのかなって」
もし夢の中のふたりが魔神の事が無かったら、もしくは魔神を封印した後に結ばれる未来があったら。
キヒトもシロノもきっとこんな未来を願っていたんじゃないだろうか。
俺はキヒトじゃないし、姫乃もシロノじゃないけど、この幸せがふたりに伝われば良いななんて思ってしまう。
「そう、ですね」
ただそう言って笑う姫乃の目はどこか遠く、ここに居ない誰かを想っているようだった。
もしかしたら俺にとってキヒトが居るように、姫乃にも何かあるのかもしれないな。
無理に聞く気はないけど。
「そうだ姫乃。明日なんだけどさ。買い物に行きたいんだ」
「……一応聞きますけど初売り目当てですか?」
「いや。初売りはどうでもいいかな」
「良かった。実は私も買いたいものがあるんです。なので一緒に行きましょう」
姫乃が欲しいものって何だろうか。
この1年姫乃を見てきて特別何かにお金を使ってるようには見えない。
先日部屋に上がった時も無趣味とまでは居わないけど収集癖はなさそうだった。
ということは、買いたいものってもしかして俺と同じ?
「向かう先は食器売り場なんだけど良いか?」
「はい。その後に折角ならお揃いのエプロンとかも新調したいですね」
やっぱり考えてることは同じらしい。
今姫乃が使ってるのは予備の食器だし、料理中に使ってたエプロンは姫乃が家から持参したものだ。
当然デザインは俺のと違う。
なのでこれを機にお揃いのエプロンや食器を揃えたいなと思った訳だ。
それはつまりここが姫乃にとっても『我が家』になることを意味する。
ただそう考えると。
「部屋の広さから言ってベッドはこれ1つのままだな」
「……一会くんのエッチ」
いや別にそういうことを考えた訳じゃなくてな。
うちのベッドは普通サイズだから2人で寝るにはちょっと狭い。
片側が壁に付いてるから反対側しか落ちる危険はないしそっち側に俺が寝れば姫乃は大丈夫か。
ってそれは俺がベッドから蹴り落されるフラグだろうか。