173.お待たせ
家の前で待つ事10分。正確には13分かな。
ボストンバッグを肩に掛けた姫乃が到着した。
「一会くんお待たせ~。ごめんなさい、寒かったよね」
「いや全然大丈夫だ。その証拠にほら」
「?」
おもむろに姫乃に顔を近づけてほんのり赤くなったその両頬を包み込むように手のひらを当てる。
「冷たっ。一会くん。ちょっ手冷たい」
「うん、姫乃の顔はあったかくて気持ちいいな」
飛び上がりそうになってでも顔を俺の手で固定されてるので結果わたわたする姿はちょっと可愛い。
とまぁ外でじゃれるのはこれくらいでいいか。
俺は姫乃から鍵を受け取って家の中へと入った。
姫乃も以前勉強会で来てるからな。勝手知ったるという程ではないにしても普通に入ってくる。
冷蔵庫に夕飯の材料とかを仕舞いつつ、追加で買ってきた食品以外の物を姫乃に気付かれない様にこっそりベッドの下に忍ばせておく。
俺の部屋はエアコンを入れてもすぐには暖かくならないからな。
それまではお茶で身体を温めてもらうか。
「ほい。我が家特製の蜂蜜ジンジャーティーだ」
「ショウガと蜂蜜は最強コンビですよね。あちちっ」
姫乃は座布団の上に座って受け取ったお茶をふぅふぅしながら飲んでいる。
俺もその隣に腰を落ち着けつつお茶に口を付け、実際のところ心は全然落ち着いていない訳だけど、さて。
…………あれ。
この後どうすれば良いんだ?
姫乃はお茶に口を付けつつチラチラと俺の様子を窺っている事から多分俺が言い出すのを待っててくれてるっぽい。
いや、今更ヘタレている訳じゃないんだ。
姫乃を家に呼ぶと決めた時点で覚悟は出来てるし。
ただその、上手い言葉が出てこないというか。
「……何かお悩みですか?」
あげく姫乃からフォローされてしまう始末だ。
何とも情けない。情けないけど、それが今の俺か。
「何というかなんて言えば良いのか上手い言葉が見つからなくてな」
「別に、変に取り繕う必要は無いと思います。
一会くんは別に王子様ではないのですから、そのままの一会くんの言葉を聞かせてください」
「そっか。俺は村人Aだもんな」
「そうですよ~」
姫乃のお陰で肩の力が抜けた俺は、そっと片手を持ち上げて、いつものように姫乃の頭にぽんと置いた。
驚くでもなく、ちょっと嬉しそうにそれを受け止めた姫乃はそのまま上目遣いに俺を見た。
その顔を見たら自然と言葉が出てきた。
「姫乃」
「はい」
「好きなんだ。これからもずっと俺の隣に居て欲しい」
「はい。私も一会くんが好きです」
頭に置いてた手を肩に移してそっと抱き寄せながら俺は姫乃と口づけを交わした。
「ん」
5秒?10秒?
唇が離れると至近距離に姫乃の笑顔があって。
気が付けば2度3度と繰り返してしまっていた。
姫乃も嫌がるどころか俺の背中に手を回して甘えるように身を寄せてくれた。
「やっと」
「うん?」
「やっとここまで来れましたね」
俺の胸に顔を埋めながら姫乃はそっと呟いた。
「だいぶ待たせちまったな」
「まったくです」
去年は夢の中の事を引き摺ってしまって恋することを無意識に拒絶してしまっていた。
そのせいで姫乃の事を好きだと自覚はしつつもそれは親愛の一種なんだと強引に誤魔化して見て見ぬふりをしていた。
だからだろうか。
研修の時のVR空間で自分の恋心を自覚してからは以前とは比べ物にならないくらい姫乃の事が好きになっている。
お陰でしばらくは姫乃の顔も見れなくなったんだけど。
「ところで一会くん。さっきの言葉はまるでプロポーズですね」
「ん?まぁ言われてみれば。
でも何があっても別れる気はないし問題ないだろう。
それに、プロポーズを1回しかしちゃいけないって法律はないし」
「ですね。じゃあ次に聞けるのを楽しみにしてます」
「そんなことを言われたら毎日言ってしまうぞ?」
「それは嬉しいですが、どきどきし過ぎて大変なことになりそうなので程々でお願いします」
うぅむ、加減が難しそうだな。
夢の中も含めて恋愛初心者だからな、俺は。
「もし嫌な事とかあったらちゃんと断ってくれよ」
「分かりました。
今日のおみくじでも『殴れば良い』って書いてありましたし、言ってダメなら拳で止めます」
先に口で止めてくれるのが姫乃の優しいところだな。
人によっては先に拳が出たり、厳しい人だと喧嘩別れしてそのままさようならってパターンもあるからな。
でもま、嫌なら止めてくれるなら安心して前に進もう。
「じゃあ姫乃。もっと良いか?」
「キスですか?」
「キスもだけど、その先も」
「あー」
俺の言葉に視線を逸らす姫乃。
やっぱり告白即その先までって言うのは急ぎ過ぎただろうか。
今日は添い寝だけで我慢すべきだった?
いやでも夢の中の教訓から、ここで卒業まで待つとか言ってしまうとそんな未来は嫉妬した女神に引き裂かれてしまうかもしれない。
だから姫乃が嫌じゃなければと思ったんだけど。
姫乃は何を思ったのか持参したボストンバッグを開いて何かを取り出した。
それはごく最近見た記憶のあるものだ。
「えっと……0.03ミリ?」
「いえ、0.01ミリだそうです。
お泊りならそう言う事もあるかなと思って用意してきました。
学生の内に子供出来ちゃうと大変ですから避妊は大事です。
……女の子がこういうの用意するの、引いちゃいますか」
「いや、むしろしっかりしてるなって安心する。
それに俺も人の事言えないしな」
言いながらさっきベッドの下に仕舞ったものを取り出す。
姫乃が取り出した箱と全く同じでそこにも『001』が書かれていた。
これは気が合うと喜ぶべきなのかな。
ともかくこれで何も気に病むことは無くなった。
「姫乃」
「はい」
俺達は改めて口づけを交わしたのだった。
こういう作品の場合、清い関係のままイチャイチャするパターンも多いですが、
本作品の場合はスタートがあれなので、社会に出るまで待つ訳にはいかず、動き出したら超特急で行くのが初期からの確定路線でした。