161.夢の中の夢
突然の姫乃の参戦に驚いたものの、何とかその場を離脱することには成功した。
システムのせめてもの情けなのか魔物はあの領域から外には出てこないみたいだな。
俺は姫乃を見ないようにしながら手ごろな岩に腰を下ろし、体力回復の為にアイテムボックスからサンドウィッチを取り出して齧りついた。
ついでにこうしてれば口数が少なくても変に思われないだろうという打算もある。
姫乃の話によるとリアルでは既に日付が変わって朝になっていて、俺がログアウトして来ないからちょっとした問題になっているらしい。
向井さん達には申し訳ないが、ここで帰ってしまっては何も成してないに等しいからもうちょっとだけ待ってもらおう。
それよりなにより、今の俺にとって一番の問題なのはさっきの姫乃の姿が目に焼き付いて離れないことだ。
ドレスアーマー姿の姫乃は凛々しさと美しさが上限突破していて、ここまで孤軍奮闘していた俺にはまさに救いの女神のようだった。
キヒトにとってのシロノのように、かけがえのない存在というか。
ただ。
ひとり勝手に顔を赤くしている俺をあざ笑うかのように胸の呪いがこれまでになく強く暴れている。
これどう考えても姫乃に反応してるよな。
いや、正確には俺が姫乃の事を想っているのに反応しているのか。
「ところで一会くん。武器はどうしたんですか?」
「あーそれな。その……無い」
「ない?」
「正確には砕け散った」
姫乃の疑問に短く答える。
キヒトの代わりとして俺が居るのなら、女神から武器を授かってないといけない訳だけど、残念ながらあの剣はキヒトが魔神と戦った時に砕けていて、漠然とだけどそのせいで今の俺では手に入れることは出来ない気がしている。
それにしてもまずいな。
さっきから姫乃の声を聞く度に胸が張り裂けそうだ。
これでもしもう一度姫乃を正面から見たら死ぬんじゃないだろうか。
なんて考えてたのがマズかったんだろう。
「一会くん!」
俺の異変を感じ取ったらしい姫乃がガバッと俺の顔を覗き込んできた。
その瞬間、溢れるような想いが胸にこみ上げて、俺の意識は闇に沈んだ。
……
…………
………………
気が付けば最初の時みたいに真っ暗な空間に居た。
もしかして死んでスタート地点に戻されたってことか?
そう思ったけど最初とは明らかに違う人物がそこに立っていた。
「よお、気が付いたか」
……何でいるんだ。キヒト。
夢の中で何度も(鏡越しに)見た男がそこに居た。
しかし妙な話だ。
俺はこの世界にこいつと入れ替わりで存在していたはず。
「まあ人生の先輩としてちょっとアドバイスをな」
アドバイス?
「そうだ。どうやらお前、俺の記憶を一部引き継いでるみたいだな。
そのせいで色々苦労しているみたいだからな」
苦労っていうのは、よく事件に巻き込まれたり困ってる人に高頻度で出会うことだろうか。
あれはあれで人生の良いスパイスになってるから悪くないと思ってる。
人助けが性に合ってるってのもあるけど。
他には、あぁ。
この胸の傷と、どこか壊れているらしい俺の心か。
「言いたい事は2つだ。
1つは俺は俺、お前はお前だってことだ。
記憶を引き継ごうが存在が入れ替わろうが、そこに生きているお前はもう俺とは別人だ。だから好きに生きれば良いし、お前にシロノはやらん!」
いやそれ、格好いい事言ってるようで、本題は最後の一言だけだろ。
まあ安心しろ。
別に夢で何度も見てるからってシロノの事をどうこう想ってはいないから。
強いて言えば画面の向こうのアイドルみたいなものだ。
「そしてもう1つ。
人の心って言うのはな。神ですら推し量れないほど強いものだ。
例え砕け散ろうと生きてる限り完全に無くなったりはしないんだよ。
お前のその胸のやつも俺の記憶を半端に引き継いでるせいだろう」
そうだ。
女神によって武器として形を変えたキヒトの心は魔神との戦いで砕けてしまった。
だから今も俺の胸はひび割れたアスファルトのようになって俺を苦しめている。
「言っておくがそれは呪いでは無いぞ」
え、そうなのか?だけど……
「それはな。生みの苦しみって奴だ。
秋に実った種は冬の間に地面の中でじっと力を蓄えて春になると雪で押し固められた地面を割って芽を出す。それと同じだ」
つまり砕け散って無くなったと思っていたけど、実際にはその種が残っていて春をじっと待っていたのか。
そう言えば夢の中ではなぜかそこだけ聞き取れなかったんだけど、女神が言っていた最も強い想いって何だったんだ?
「シロノを想う心。つまり恋心だな」
恋心、か。ははっ、なるほどな。
ああ、そうか。それで姫乃を見る度に疼いてたのか。
キヒトにとってシロノが居たように、俺にとっての想い人は……
「さて、伝えたい事は言ったからな。
そろそろ起きないとお前の愛しの彼女が泣きそうだぞ」
おっと、それは困る。
いつの間にか足の先から消えて行ってるし、時間切れってことか。
あ、でも起きる前にあと1つだけ教えてくれ。
キヒトは幸せだったのか?
大好きな人と結ばれることも無く、女神と魔神によって心も体もボロボロにされて、あげく助けようとした人間に処刑されたんだ。
俺なら死んでも死にきれない気がする。
キヒトは、そう言った俺の頭を優しくぽんぽんと撫でながら笑った。
「安心しろ。悔いはない。それに……いや、これ以上は秘密だ。教えてやらん。
じゃあな。彼女とよろしくやれよ」
その言葉を最後に、俺の意識は再び途切れるのだった。




