16.朝の電車
その日は目が覚めると部屋の中が暗く感じました。
それもそのはず。天候はどんよりとした曇。
太陽は登っているはずなのに薄暗い外。
あと、時計を見るといつも起きる時間よりも30分も早い時間でした。
「雨が降り出す前に学園に行こうかな」
今から準備すればいつもより1,2本早い電車に乗れるでしょう。
家を出て、ようやく慣れ始めた通学路を歩いて、でも時間が変われば見える景色も変わるようで、ちょっぴり新鮮な早朝の通学路を私は駅に向かって歩きました。
駅について分かったのは、この時間は通勤時間だということ。
スーツを着た人達をいつもより多く見かけます。
私の使っている最寄りの駅は、急行なども停まる駅で人の乗り降りも多く座席に座れるかどうかは待っている行列の先頭付近に居られるかどうかで決まります。
残念ながら今日の私は多分座れないでしょう。
列の先頭はと言えば、なんとうちの学園の制服の男子です。
「あの後ろ姿、村基くん?」
スーパーで買い物してる時に会った事もあるので近所なのは知っていましたけど、もしかしていつもこんなに早い時間に登校しているのでしょうか。
と、電車が来ました。
降車客が電車を降りたのを見計らって順番に乗り込んでいきます。
私が乗り込んだ時には案の定、全ての席は埋まっていました。
「村基くんは……えっ」
列の先頭に居たので座れただろうなとは思っていました。
でもまさか優先席に座ってるなんて。ちょっと見損ないました。
学園では誰に対しても公平に分け隔てなく接する彼は、こういうところでも律儀に優先席には座らないのだと思っていました。
まあ勝手に私が期待してただけですけどね。
そうこうしている間に電車は次の駅に止まりました。
数人のお客さんが降りて、また別のお客さんが乗り込んできます。
その中の女性が一人、まっすぐに村基くんの方へと進んで行って、まるで村基くんとお友達かのように挨拶を交わすと、村基くんはすっと立ち上がってその女性に席を譲りました。
年上のようですけど、もしかして彼女でしょうか?
でも大学生どころか20代半ばか30近いように見えます。
その女性の鞄には見覚えのあるバッヂが着けられていました。
(あ、マタニティーマーク)
お腹は大きくなってたりはしないけど、あの女性は妊婦さんなんだ。
つまり彼女とかではなく妊婦だから席を譲ったんですね。
さっきの様子からしてああして席を譲ったのは今回が初めてではないでしょう。
ということは、彼は最初からそうする為に座っていたのでしょうか。
そう思うとちょっと嬉しくなりました。
やっぱり村基くんは私の想像通りの男の子でした。
次の駅で降りた私は少し前を歩くその肩を叩きました。
「おはようございます。村基くん」
「おう、おはよ。藤白。今日は早いんだな」
「うん。村基くんはいつもこの時間なんですか?」
「まあ大体そうだな」
「ふぅん。あ、それよりさっきの見ましたよ」
「さっきの?なんかあったか?」
ふふっ。やっぱり。
あれは彼にとっては当たり前の何でもない日常なんでしょうね。
だからとぼけているというより本当に気にしてないんです。
「村基くんはあの妊婦の女性に席を譲る為にわざと優先席に座ってたんですか?」
「あぁ。いや、何もなければそのまま座ってたぞ」
「でも何かあれば譲ってたんですよね」
「まあな」
ぶっきらぼうに、しかも若干視線を逸らすあたり、実は照れてます?
いつも平然としているのに可愛いところもあるんですね。
「それなら最初から立ってちゃダメなんですか?」
「自分が座ってる席を譲るのと、他人が座ってる席を譲らせるのじゃあ前者の方が楽だろ」
「妊婦の方を見れば誰でも席を譲るんじゃないんですか?」
「……そうだと良いんだけどな」
それはつまり、以前譲らない人が居たって事なんでしょうね。
(正しさなんてものは人によって違う。
自分の正しさを相手に押し付けるとな。最悪殺し合いになる)
でも私はあなたの正しさが心地よいと思います。