156.眠り姫(村人)
無事に王都へと帰還してログアウトした私達は揃ってVRマシンから抜け出したのですが。
そこはある意味別世界でした。
「翼ちゃん……」
「光くん……」
なぜかあの2人から桃色オーラが放たれているような錯覚を覚えているのは私だけではないようです。
みんな顔を赤らめつつ微妙に視線を逸らしていますから。
「えっとあのふたりは一体何があったんですか?」
「紅の王子と天使はVR空間内で結婚式を挙げることにしたそうでな。
式自体は明日執り行うそうなんだが、その準備で思い出話に花が咲いたんじゃないか?」
「あぁ。そういえばそんな噂もありました」
それであんなラブラブ新婚カップルのようになっているんですね。
何というか目に毒です。
見かねた会長が2人に近づいて行って「研修中は不純異性交遊は禁止だぞ。もちろんVR空間内もな」って釘を刺してます。
確かにあの様子だと結婚式の熱のまま結婚初夜を迎えてしまいそうな雰囲気がありました。
ちょっと羨ましいような、私達にはまだ早いような、想像すると危険ですね。
「って、一会くんは?」
辺りを見渡しても一会くんの姿はありません。
出来れば明日の打ち合わせをしたかったのですけど。
ログアウトしたのは私達が最後だったらしく稼働しているVRマシンもありませんし、一足先にご飯なりお風呂なりに行ってしまったんでしょうか。
と、私達がVR活動を終えたのを確認したからか向井さんが部屋に入ってきました。
「皆さん今日はお疲れ様でした。
今夜は特に宿題などはありません。
明日も朝食を終えた後にVRマシンで活動して頂くことになりますので、今日の内容を踏まえて明日何をするかを決めておくと良いでしょう。
ログインする時にナビゲーションAIが確認しますので、その時に伝えて頂ければ無茶な内容でなければ体験できるはずです。
では共有スペースまでご案内しますね」
向井さんに続いてVRルームを出る私達11人。
そう言えば今いる場所は本来関係者以外立ち入り禁止の区域でしたね。
ということは一会くんだけ先に帰った訳ではない?
「あの、一会くん。村基くんが居ないんですけど」
「え、ああ。彼なら別室のVRマシンを利用していてまだログアウトしていないようです。
彼の場合、ログアウトした後にもちょっとした確認があったりして時間が掛かるので先に皆さんをご案内しているんです」
「そうだったんですね」
なぜ一会くんだけ?という疑問は湧きますが、一会くんだからと言われたら納得してしまいそうで困ります。
一会くんですからねぇ。
何やら所長らしき女の子にもいつの間にか気に入れられてましたし。
今度は一体どんな厄介ごとに巻き込まれたのでしょうね。
だけど私のその疑問は、残念な事に翌朝には分かることになりました。
「え、一会くんがログアウトしてこない?」
「そうなんです」
朝食を終えて昨日のVRルームに到着してみんながVRマシンに乗り込んだあと、私だけ話があると言われてそう告げられました。
どうやら一会くんは昨日VRマシンに乗り込んでから1度もログアウトしていないそうです。
それを聞いて隣の部屋に移動すればそこには機械部品がむき出し状態のVRマシンが2台ありました。
内1台は稼働中で一会くんが使用中で見た目はただ寝ているように見えます。
「あの、こういうのって外部から強制的にログアウトできたりしないんですか?」
「もちろんそういう機能はあります。
ありますが、内部システムでロックが掛かっているらしくコマンドが弾かれるんです。
こんな事態は私達にとっても初めてで、今所長が原因の究明を急ぎ行っています」
壁際の作業机でヘッドマウントディスプレイを被りながら凄いスピードでキーボードをタップしているのが所長ですね。
まさに一心不乱といった感じで事の深刻さが分かります。
「このまま起きなかったらどうなるんですか?」
「分かりやすいところで脱水症状と、その、排泄関連が目も当てられない状態になります」
確かに。かれこれ20時間近く寝続けていることになるので、可愛い言い方をすればオネショの心配があるってことですね。
向井さんの言い方からして多分それ以上なのでしょうけど。
「かと言って強制的にシステムを落としてしまうと、村基さんの場合シンクロ率が高すぎて精神に過大な負荷が掛かり記憶障害などになる危険性がゼロとは言えません」
「そんな!」
というかそんな事態なのに他の皆はVRマシンに乗り込んで大丈夫なんでしょうか。
「向こうのマシンはこちら程強力ではないんです。
だから仮にこちらと同じことが起きても、それこそ強制シャットダウンすれば夢から醒めたように起きることになります」
「じゃあひとまずそっちは心配要らないって事ですね。
それで私が呼ばれたのは私なら一会くんを助ける為に何か出来るかもしれないって事ですか?」
「ええ。もう1台のVRマシンに乗り込んで彼のダイブした空間に行き、彼がログアウトできなくなった原因を取り除くことが出来れば問題は解決するはずなんです」
「それはまた雲を掴むような話ですね」
聞いた感じまだその原因が全く分かってはいないようです。
それなのに私が向かったところで二重遭難になるだけじゃないでしょうか。
私のその疑念はもちろん向井さんも考えてるようです。
「私達所員が行えたら良かったのですが、何故かVRマシンに乗り込んで彼の向かった座標に行こうとしても全く異なる場所にしか辿り着けなかったんです。
そこでもしかしたら彼と最も親しいあなたならと思ってお呼びしました。
あなたには万が一にもログアウト出来なくなるような事が無いように所長が昨夜のうちに命綱になるものを構築しましたのでご安心ください。
ただ、このお願いはもちろん強制ではありません。
幾ら安全だと言っても実際に事故は起きていますので信用は出来ないでしょう。
断った場合でもこちらで時間を掛ければ解決できる見込みはありますのでご安心ください。
先ほどの脱水症状なども点滴を行うなど手はありますので」
「いえ、行きます」
「え、あの。よろしいのですか?」
「はい」
即答した私を見て驚く向井さん。
普通に考えればただの友人の私が危険を冒す必要なんてないのかもしれません。
ただ、昨日のVR空間が夢の中の情景と酷似していた事といい私ならという気もしています。
それになにより、VR装置で横になっている一会くんがずっと苦しそうな顔をしているんです。
ならそこに考える余地なんてありません。
元々の構想では姫乃が目覚めないパターンも考えていたのですが、こっちになりました。