153.現状把握
メイに淹れてもらった紅茶は味も香りも一級品でした。
VRで味覚も嗅覚もここまで再現できるんですね。正直驚きました。
「姫様。今日のこの後のご予定は如何なさいますか?」
一息ついたところでメイが尋ねてきました。
本来なら私の1日のスケジュールなんて昨夜の段階で決まってそうなものですが、そこは私達の為に合わせてくれているんですね。
役だけは事前に決まっていましたが、それ以外の情報は何もなく送り出されたので好きにして良いと言われても何から手を付けて行けばいいか。
ならまずは現状把握から始めましょうか。
「そうね。まずは城内をぐるっと散策してみようかしら。お供してくれる?」
「かしこまりました」
私の言葉にメイは不思議そうな顔ひとつせずに頷いてくれます。
普通に考えれば昨日までも生活をしていたはずの自分の城を見て回りたいって変な話ですけどね。
どうやら私達は元々用意してあった世界の1登場人物に成り代わっているようなので、言動なんかも昨日までの姫様とは異なっているはず。
なのでもしかしたら変な事をし過ぎると悪魔に憑りつかれたんじゃないかとか偽物じゃないか、みたいに疑われる可能性もあるのかもしれません。
でもそんな心配をしてたら何もできませんしそうなったら考えましょう。
ともかく部屋を出た私は城内を見て回ることにしました。
「……これは」
「どうなされました?」
「いえ、何でもないわ。多分気のせいだから」
「はあ」
メイを後ろに従える形で私は城の食堂を始め幾つかの施設を見て回りました。
この間、一切道に迷うこともありませんでした。
まるでそう、実際に昨日までここで住んでいたかのように。
(このキャラクターの記憶を引き継いでいる、なんてことはないはず)
思考はクリアで記憶もこの世界の姫様としてのものはありません。
それなのに私はこの城の構造を知っています。
そして最後の礼拝堂へとやってきたところで疑念は確信に変わりました。
(間違いない。この城は夢の中のシロノが暮らしていた城と全く同じだ)
そうでなければ女神像の形状まで一致するなんてことは無い筈です。
だけどそうなった理由は分からない。
VRマシンが私の潜在意識から夢の内容を引き出して再現している、なんてことも無い筈です。
もしそうならVRマシンを使えばその人の秘密を暴けることになりますし、相当に危険なものだと判断されるでしょう。
ただ、その原因をここで考えても分かるはずはありません。
ならひとまずはそういうものだと無理矢理納得させて行動しましょう。
「メイ。あなたの知っている最近のニュースを教えてくれるかしら」
「ニュース、ですか。そうですねぇ」
私のアバウトな質問にメイは少し考える素振りをしてから答えてくれた。
この動きも完全に生身の人間と変わりないのね。
行き過ぎた科学は魔法と見分けがつかない、なんていうけど本当のようです。
「最近、というか今朝の話ですが、第6独立騎士団、通称『黒騎士団』が王都郊外に偵察に出ました。
普段はあまり積極的に動く事のない騎士団ですので、独自で何か情報を得たのかもしれません」
黒騎士団って、もしかしなくても黒部先輩が所属してそうね。
「偵察はやはり騎馬で?」
「もちろんです」
「そう」
なら確定ですね。
黒部先輩も真子ちゃんと同じ馬術部だったはずです。
VRとはいえ思う存分に馬を走らせられるのですから、この機会を逃すとは思えません。
「また第2聖騎士団も何やら今日の練兵には気合が入っているそうです」
「聖騎士団……聖さんですね」
「はい?」
「いえ、こっちの話です。
ところで、私以外の王族の方々は何をしているのかしら」
「はい。国王陛下と王太子殿下はその、いつも通りと言いますか」
「顔を背けたくなる状態なんですね」
「いえその、私の口からは何とも」
王女付きのメイドが陛下の動向を知っているというのも不思議な話ではあるのだけど、良くない噂が広がりやすいというのは良くある話です。
そしてもし私の夢と同じような状態なのであれば、陛下は玉座でふんぞり返って適当に部下に命令しているだけだし、王太子もどこぞのご令嬢と遊び惚けているのだろう。
メイの立場からすれば、仮にも自国の王を役立たずの馬鹿だという訳にもいかない。
「あ、そういえば近々隣国で結婚式が執り行われるそうですよ。
何でも城に舞い降りた天使と第1王子が一目で恋に落ちたのだとか。
ロマンティックですよねぇ」
暗い話題から一転、明るい話題をって事なんだと思うけど、それもどう考えても紅玉さんと天音さんです。
結婚式。リアルでやろうと思ったら、早くても卒業してからだから3年後か7年後。
今から気分だけでも味わおうって事なのかもしれません。
ここであれば盛大な式を執り行えるでしょうしね。