135.ふたりだけの勉強会
期末試験目前の土曜日。
俺達は試験勉強をする為に待ち合わせをしていた。
「ちょっと早く来過ぎたか」
ちらりと携帯で時間を確認すれば待ち合わせまでまだ10分ある。
と、そこへ聞きなれた声が届いた。
「一会くん、おまたせ」
それを聞いて振り返ったのは俺だけじゃなく周囲の男子もだ。
あっちは彼女連れだったのに姫乃に目を奪われたもんだから腕を抓られている。
まあ男の方もごめんごめんと謝りながら仲良さそうにしてるし大丈夫か。
ただ同じ男として思わず振り返って凝視してしまうのは理解できる。
それくらい今日の姫乃は綺麗だ。
っていつもはそうではない訳ではないんだけど、今日のは俺から見ても明らかに肌艶が違うというか、ナチュラルメイクに気合が入ってる気がする。
服装だってコートで大部分は見えないのに、その裾からちらりと見えるスカートだけでもコートの中は可愛い服なんだろうなと期待させるし、マフラーなども含めて雑誌のモデルですって言われても納得出来てしまう程バランスの取れたコーディネートだ。
(ぐっ)
まただ。
姫乃を見ていたらまた古傷を抉られたような痛みが胸に突き刺さる。
芸術祭の時もそうだったけど、何かのきっかけで突発的に起きるみたいだな。
「えっと、一会くん?」
「ん、ああ。すまん、ぼーっとしてた」
危ない危ない。
別に姫乃に心配を掛けさせたい訳じゃないし、俺はすぐに気を引き締めた。
まだ怪訝な顔をしている姫乃を安心させるためにその頭に手を置きつつ話を進めることにした。
「よし、じゃあ行くか」
「うん。って、他の皆は?」
「聞いてないのか?みんな用事があって今日は参加できないんだとさ」
「そ、そうなんだ」
庸一はどうかは分からないけど、ハル達はふたりで仲良く勉強してるんだろう。
黒部先輩は……ってしまった。声かけ忘れてた。まぁいっか。後で謝っておこう。
ただなんだろう。
急に姫乃がそわそわし出したような?ここで「トイレか?」とか聞いたら殴られそうだから黙っておくに限る。朴念仁でもそれくらいの配慮は出来るのだ。
ともかく俺は珍しく無言の姫乃を先導する形で自分の家へと戻った。
「ということで、ここが俺の家だ」
「お、お邪魔します」
なぜか緊張した面持ちの姫乃だけど、大丈夫だろうか。
俺の部屋は一人暮らし用のワンルームマンションで、ちょっとだけ贅沢に12畳くらいの広さがある。
趣味らしい趣味もないので物が少ないし余計に広く感じるかもしれないな。
唯一他の人とは違うだろうと思われるのは薬草棚が部屋の一角を専有していることくらいか。
「飲み物用意するから座布団に座っててくれ」
「はい……」
今日は勉強会ということで予め折り畳み式のちゃぶ台と座布団を出しておいたんだ。
そこにおっかなびっくり座る姫乃を横目で見つつ、キッチンでお茶の準備をする。
外から帰って来たばかりで身体が冷えてるから蜂蜜ジンジャーティーでいいか。
お替りも出来るようにティーポットにお茶をセットして温めた2人分のカップを持って振り返ると、部屋の中を物珍し気に眺めていた姫乃と目が合った。
「何か珍しいものでもあったか?」
「ううん、ごめんなさい。男の人の部屋って入ったの初めてだったから」
あぁ、なるほど。
それで緊張してたのか。
今はちょっと照れて顔を赤くしながら視線を逸らしてるけど、むしろその横顔がかわ、ッ。
……まただ。
普段は何ともないし病気って事もないと思うんだけど、時々グサッと来るな。
ま、多分勉強に集中してれば大丈夫だよな。
「さて、そんなことより勉強を始めよう」
「そうね」
お互いにノートを取り出して、教科書は俺のを使う。
自宅での勉強会はこの無駄に分厚い教科書を持ち運ばなくて済むので助かる。
参考資料とかは電子化されてるのに、メインの教科書はいまだに紙媒体だからな。
きっと版権やらなにやらお金が絡んでいるんだろう。